監修者序文
われわれの生活の質に大きく関わっています.一方「姿勢」とは,身体の構え,全身の形であり,歩行を含めて多くの運動・動作のベースとなります.つまり歩行や姿勢は,遺伝,発達・発育,加齢,生活習慣,疾病,精神・心理,生活環境などに影響し合っています.これらは常に変化しており,改善やその習慣化はそう簡単ではありません.
理学療法士,作業療法士,リハビリテーション等の専門医のような「リハビリテーション専門職(リハ専門職)」には,歩行や姿勢の問題や,これらの要因を包括的に捉えて見極める力が求められます.当然,実臨床では,問題点をただ指摘する「指摘屋さん」では役不足であり,
データや根拠に基づいて実際に修正できる技量が不可欠となります.
また,歩行や姿勢を単なる運動や構えではなく,尊厳,価値,目的,生産性にも影響することを理解し,ときに経験知や哲学をもってアプローチのベストやベターを選択できることも重要になるでしょう.丸善出版より【極めに・究める・リハビリテーション】シリーズの監修を依頼され,第6 弾は「歩行と姿勢」と相談されたときに,真っ先に頭に浮かんだのが大沼亮先生でした.大沼先生は高齢者の保健施設でリハビリテーション部門の責任者として活動する傍ら,東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科老化制御学講座リハビリテーション医学分野で,歩行や姿勢に関する研究で博士号(医学)を取得されました.現在は目白大学で教育・研究・臨床にバランスよく取り組まれています.特筆すべきは,加齢,脳卒中,パーキンソン病による歩行開始時の姿勢を運動力学的に独自の変数で解析し,歩行のリハビリテーションやトレーニングの計画に役立つデータを国際ジャーナルに複数公表している点です.
もし私が知人から「歩行や姿勢のリハができる良い先生を知りませんか?」と聞かれたら,真っ先に大沼先生を紹介することでしょう.
本書は,大沼先生の哲学,研究によるエビデンス,リハの考え方と実践テクニックが非常にバランスよく述べられており,他のテキストでは学ぶことができない本音ベースの臨床エッセンスが満載されています.歩行や姿勢を修正することの難しさと容易さの両方を学ぶことができるでしょう.
すでに歩行や姿勢のリハを専門としている臨床の先生方だけでなく,何を専門とするか迷っている学生の皆様にも,ぜひ読んでいただければと思います.旧来の堅苦しい教科書とは全く異なる「手に取りやすい読みもの」となりました.そして,私の本音は,学生に気軽に読んでいただき,この本によって,「歩行・姿勢リハの世界に一歩足を踏み入れてほしい」と願っていることです.きっと,皆さんの今後の羅針盤の1 つとなってくれることでしょう.
最後にわれわれに素晴らしい企画を提案し,出版まで導いてくれた丸善出版株式会社企画・編集部の渡邉美幸さんをはじめとするスタッフの方々にお礼を添えて,監修の序とします.
2022年9月吉日
相澤 純也
著者序文
日本は超高齢化社会となり,高齢者や要介護者数は増え続けています.要介護の原因は脳卒中や認知症,運動器障害(転倒骨折,関節疾患)などの歩行障害や姿勢障害を伴うものが上位を占めていることをご存じでしょうか.歩行障害や姿勢障害に対し,その正常化や効率化を図ることは自立した移動の獲得におけるリハビリテーション医療の中心的課題です.そのため,本書のテーマである「歩行と姿勢」は我々リハビリテーション専門職(リハ専門職)の主な治療対象であり,真正面から取り組まなければならない課題といえます.
その歩行障害と姿勢障害において,病態運動学の知識に基づいた機能診断や治療は我々のアイデンティティであり,必要不可欠な専門性であると私は考えています.シリーズタイトルである「極めに・究める」は,極める:これ以上ないという状況に持って行く,究める:ものごとをどこまでも明らかにする,と辞書に記されています.この強い言葉は臨床や技術を極める,学問や研究を究めるといった専門職としての使命や姿勢に合致していると思います.ですから
リハ専門職は自身の専門領域といえる歩行と姿勢の機能診断と治療に強いプライドと覚悟を持って取り組むことが大切
であるという気持ちを込めて本書を執筆しました.専門性を持ち,患者さんに貢献することができれば,リハ専門職はとても楽しく,やりがいのある仕事です.「自分で好きな時に自由に歩きたい」「大切な家族と歩いてディナーに行きたい」このような目標を患者さんと共有し,歩行獲得に向かって一緒に進んでいけることはリハ専門職の醍醐味であり,素晴らしさであると信じています.皆さんの目の前にいる患者さんの目標支援の1 つとして,本書が役に立つことを願っています.
内容に関しては,病態運動学に基づいた「歩行と姿勢」の臨床実践を中心に解説しました.歩行と姿勢は別物ではなく,「歩行は姿勢制御の連続である」といったメッセージを込めています.特に,自身の研究データを多く用いた解説や第4 章の方向性理論,第9 章のスマホを用いた計測,新しい試みである体験型コラムなど,他書にはない内容を存分に盛り込みました.また,具体的な臨床思考やハンドリングは明日の臨床ですぐ使えるように工夫しました.
最後に本書を手に取り,読んでいただき本当にありがとうございます.この若輩に貴重な機会をくださった順天堂大学の相澤純也先生,美しいイラストを描いていただいた埼玉医科大学の近田光明先生,丁寧にご支援くださった丸善出版企画・編集部の渡邉美幸さんに心より感謝の意を述べさせていただきます.本書は私1 人では到底成し得ず,多くの先生方にお力添えをいただいたからこそ完成した書籍であると思っております.そして,この場を借りていつも支えてくれる家族に心より感謝します.
謝辞
図表転載許可や本書作成にご協力いただいた埼玉県立大学 星文彦先生,旭川医科大学 高草木薫先生,国際医療福祉大学 石井慎一郎先生,国立長寿医療研究センター 大高恵莉先生,関西医療大学鈴木俊明先生,名古屋市立大学 山田茂樹先生,介護老人保健施設ケアタウンゆうゆう職員の皆様,患者様に感謝申し上げます.
2022年9月吉日
大沼 亮