総監修者序文
私が米国での臨床を開始して,内科専門医となってすでに数年が経過しました.こちら米国では栄養管理といえば専ら栄養士にお任せで,何か栄養に関する問題があれば(頭を使うこともなく)すぐに栄養士にコンサルテーションをします.これは,普段の食事に関連した内容だけでなく,経鼻胃管による栄養や経静脈栄養についても同様です.医師がタッチしてしまうと,かえって責任問題に発展してしまう恐れもあるからです.米国ではそれほど分業が進んでいるのです.
一方,日本で総合内科医として仕事をしていた頃のことを振り返ってみると,よく栄養室に駆け込んでは,今回著者として参加してくださった管理栄養士の廣瀬桂子さんらとともに患者の栄養管理について「ああでもない,こうでもない」と議論を交わしたものでした.そんな光景も,今の私にとってはすっかり懐かしいものとなりましたが,日本の内科診療の現場では医師が栄養管理にまで携わる機会がそれくらい多かったということです.振り返れば,医学部時代にはしっかりと臨床栄養を学ぶ機会はなかったように思いますが,それでもなお,現場ではそのスキルが求められていたのです.
前述の通り,今ではすっかり栄養管理に携わることのなくなってしまった私ですが,患者にとって栄養管理が医療における重要なピースの一つであることに疑いの余地はありません.しかし,多くの医療者にとってなかなかそこまで自己学習の手が回らないというのも現実でしょう.なんとなく見聞きした知識で栄養管理をやり過ごしてしまっている方も多いかもしれません.本書は,そんな忙しいあなたに短時間で簡潔に,しかし同時にしっかりとそれぞれの栄養管理の背景にあるエビデンスまで学んでいただけるように工夫しました.「短時間で簡潔に」を叶えるため,各章は症例とそこから生まれたクリニカルクエスチョン形式でまとめています.
肝心の内容ですが,第1部の総論ではまず,臨床栄養の基礎と患者の人生を意識した栄養の考え方についてまとめました.ここでは,臨床栄養の考え方の大枠を掴んでいただきたいと思います.次に,第2部では入院診療に役立つ知識を,第3部では外来診療で役立つ知識を疾患ごとにまとめました.第2部,第3部の各論は,現場ですぐに活かしていただくことのできる内容になっています.目次をご覧いただければ,誤嚥性肺炎,COPD急性増悪,高血圧,糖尿病などといった,内科医として毎日のように出会う疾患が並んでいることに気がつかれるのではないでしょうか.さらに,第4部は特別編として,私が敬愛するスーパー管理栄養士・廣瀬さんによる,コンビニ食や宅配で使える栄養,というリアルで実践的な内容も盛り込みました.最後に,随所に私が専門とする老年医学のエッセンスも「スパイス」としてきかせました.必要な章をピンポイントで読んでいただくだけでも,短時間で実践的な臨床栄養に関するスキルを学べることと思います.
本書の企画・編集にあたっては,日本の臨床現場で大活躍中の総合診療医のお2人,総合診療ブラザーズこと松本朋弘先生,小澤秀浩先生にも参画いただいています.ご存知の方にとっては言うまでもありませんが,YouTuberとしてもご活躍中のお2人です.そんな彼らは,本書の制作にあたり,筆をとるばかりか,より読者に学びを深めていただけるような映像コンテンツも制作しています.特に,文字だけではその内容がなかなか伝わりにくい嚥下評価などを解説する映像コンテンツは,読者の皆様にとってきっと理解の大きな助けとなることでしょう.また,著者陣には日本にいた当時ともに仕事をした新進気鋭の総合内科医の皆さんに参加してもらいました.
本書を通して,病気の管理だけではなく栄養管理にも気を配ることのできる,ひいては「病」だけでなく病める「人」を見る,そんな視点を育てていただければ著者ならびに総合診療ブラザーズとして望外の喜びです.
最後になりましたが,本書の制作にあたり,多大なるご尽力をいただいた丸善出版株式会社の堀内志保さんに改めて感謝の意を表したいと思います.
2023年6月吉日
編者,著者を代表して
山田 悠史