序

頭痛，それは言うまでもなく症状であり，疾患でもあります．わが国の慢性頭痛人口は約4,000万人と推定されていますが，これは高血圧の有病率に匹敵する数字であり，健康や生活を脅かす疾患として多くの方が精神的にも身体的にも悩まされています．このありふれた疾患である「頭痛」にかかわる診療科は多岐にわたり，臨床医として避けては通れず，さまざまな立場で接する機会があるはずです．そのなかでも，とりわけ片頭痛をはじめとする一次性頭痛は，頭痛によって生活の質が阻害されていたとしても，正しい診断や適切な治療が十分提供されないことが多く，せっかく医療機関を受診しても満足のいく診療が行われない状況が続いていました．

一方，頭痛学は近年めざましく発展し，診断基準の整備やエビデンスの蓄積によって，すでに科学として確立しています．もはや独自の経験による診療が許容される時代ではなくなり，効率のよい頭痛診療を行う第一歩として，「国際頭痛分類 第3版」（ICHD-3）と診療ガイドラインに基づいた標準的な診療を身につけておくことが求められるようになってきました．従来の頭痛診療でよく言われていた「肩こりによる頭痛」や「ストレートネックによる頭痛」は，そもそもICHD-3の診断基準にはなく，また有病率の高い緊張型頭痛の受診率が最も高いわけでもないことなどをしっかり認識する必要があります．

しかし，このICHD-3や診療ガイドラインをうまく使いこなすには少しコツが必要で，特にこれから頭痛を勉強しようとしている先生方にとっては情報量も多く，本当に自分の診断が正しいか，治療や管理のしかたは間違っていないか，不安になることもあるでしょう．危険な二次性頭痛については，初期研修などで原因疾患の症候として接する機会がありますが，それ以外，特に一次性頭痛については体系立てて学ぶことはほとんどなかったはずです．そして，いざ頭痛診療に腰を据えて取り組もうとしても，周りに専門家や教えてくれる人がおらず，独学で習得しようとする先生が多いのも事実です．慣れない頭痛診療で，この先どうしたらいいだろう，と悩むことも多いのではないでしょうか．実は，私もそうでした．

では，効率よく頭痛診療を学ぶにはどうするのがよいか？ 私自身，これまで試行錯誤しながら頭痛学を勉強してきましたが，結論としてエキスパートの外来見学が自身の頭痛診療の「根」となり，その後自らの診療環境に合わせ「幹」を太くし，さらに「枝葉」を広げていくきっかけになったと実感しています．ただ，外来見学となると現実的にはさまざまな制約がありますよね．そこで今回，あたかも頭痛専門医の診察室を見学し，思考プロセスを垣間見られるような書籍をつくりたいと考え，本書を企画しました．これから頭痛の勉強をしようと考えている先生の悩みに応え，日頃の診療に直結しすぐに役立つこと，診断に自信がつき治療の幅が広がること，そして楽しく取り組みながら最終的に「頭痛診療が好きになる！」ことをめざし，症例ベースの解説で基本的な対応を具体的に学べるような構成にしました．

本書では，ICHD-3とガイドラインに準拠しながら科学的なエビデンスを大切にしつつ，特に押さえておくべき頭痛疾患について，エキスパートはどう考えているか，その思考プロセスを惜しみなく紹介しています．今，この本を手にとっていただいた皆さんの頭痛診療に少しでもお役に立てることを願ってやみません．さあ，一緒に團野先生や石﨑先生，土井先生，滝沢先生，そして私の診察室をのぞいてみましょう！

2024年12月

著者を代表して
松森保彦