この度,イラストレイテッドハーパー・生化学(Harper's Illustrated Biochemistry)第30 版を出版することは,著者ならびに出版社の欣快とするところである.本書は1939 年に"Review of Physiological Chemistry"としてカリフォルニア大学医学部(サンフランシスコ校)のHarold Harper 博士の単独執筆により初版が刊行された.その後現在に至るまで創刊時の考えを引き継ぎ,医学との関連をとくに重視し,生化学の必要最低限の事項を簡明に,かつ全般を網羅している.この間多くの著者の貢献により改訂が重ねられ,医学を志向した本教科書は75 年目(anniversary edition)を迎える.
第30版の表紙
表紙はユビキチン化された細胞内タンパク質がプロテアソームで分解される様子を表現している.プロテアソーム複合体は14 個のa サブユニット(緑色)と14 個のb サブユニット(黄色)がa7b7b7a7 の集合体となり4 つ連なる環状構造をつくっている.これが空洞の,チューブ構造をつくり,その中にプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)を固定化している.分解のタグを付けられたポリペプチド(赤)は,左上からプロテアソームに侵入し,プロテアソーム内のペプチド鎖に分解される.右下よりペプチドは脱出し,この後,細胞外のプロテアーゼでアミノ酸まで分解される.
タイムリーに,かつ制御された細胞内タンパク質の分解は,細胞分化や増殖にきわめて重要である.変性あるいは損傷されたタンパク質を認識して除く作業は健康な細胞維持に重要で,この機能が損われると多くの神経障害をはじめ,さまざまなヒトの疾患発症にかかわることとなる.ユビキチンによって媒介されるタンパク質分解過程の発見により,イスラエルのAaron Ciechanover とAvram Hershko,また米国のIrwin Rose が2004 年にノーベル化学賞を受賞した.
第30版における改訂
遺伝疾患,臨床情報,臨床医学などとの関連を強調しながら,最新の進歩を反映し,生化学の基本知識をまとめた.新しい図表も増え,医学生が最低限知らなくてはならない生化学的事項を簡潔に,かつ明瞭にまとめた.全章にわたる改訂に加え,章の構成を大きく変更した.全58 章を11 のセクションに構成し,生化学的な疾患と臨床情報をわかりやすい形で統合した.さらに大きな改訂点として,R.K. Murray 博士が引退し,担当箇所はD.A. Bender,K.M. Bothan, P.J. Kennelly, V.W. Rodwell に引き継がれた.また,セクションX には白血球に関する新たな章を設け,セクションXI には新たに9 つの臨床症例検討課題を加え,医学生の知識と理解力を試せるのも特徴である.各セクション末の演習問題には多くの新たな問題が出題されており,理解度の把握に役立つ.巻末には解答と詳細な解説を掲載した.
本書の構成
全58 章は生化学の医学的重要性を強調し,次のような11 のセクションに構成されている.各セクション末には演習問題が,巻末には解答が掲載されている.
セクションI 生化学の簡潔な歴史と,生化学と医学の関連について強調して述べる.水およびpH に関する解説,タンパク質構造などについても記載.
セクションII ヘモグロビンの構造と機能に始まり,酵素反応速度論,酵素の作用機作,代謝調節などについて述べる."バイオインフォマティクスとコンピュータを用いる生物学"の章は,現代の生化学,生物学,医学の理解に必須であり,最新の進歩を反映した.
セクションIII エネルギー捕獲と転移について,生体エネルギー論,高エネルギーリン酸化合物などの役割を通して述べ,生物学的酸化における酸化⊖還元反応,呼吸鎖と酸化的リン酸化などについて記載.
セクションIV 解糖系,クエン酸回路,ペントースリン酸経路,グリコーゲン代謝,糖新生と血糖の調節など糖質代謝について述べる.
セクションV 単純脂質,複合脂質,脂質の輸送と貯蔵,脂肪酸や複合脂質の合成と分解,さらにコレステロールの合成,輸送の調節などについて述べる.
セクションVI タンパク質の異化,尿素の生合成,アミノ酸の代謝,また,これらの代謝異常と疾患の関係について述べる.最終章にはポルフィリンと胆汁色素の生化学を記載.
セクションVII ヌクレオチドと核酸の構造と機能に続いて,DNA の複製と修復,RNA の合成と修飾について述べ,タンパク質生合成,遺伝子発現の制御や遺伝子組換え技術などについても記載.
セクションVIII 細胞外および細胞内情報伝達について述べる.生体膜の構造と機能,ホルモン作用の分子機構なども取り上げている.
セクションIX ~ XI は医学的に重要な14 テーマを掲載している.
セクションIX 栄養,消化および吸収,ビタミンなどの微量栄養素,フリーラジカルと抗酸化剤,糖タンパク質,生体異物の代謝と臨床生化学などについて述べる.
セクションX 細胞内におけるタンパク質の輸送と選別,細胞外マトリックス,筋肉と細胞骨格,血漿タンパク質と免疫グロブリンについて述べる.また赤血球と,新たに白血球の生化学についても記載.
セクションXI 止血と血栓症,がんの概要と老化の生化学について述べる.
謝辞
著者らは本版の出版計画に大きな役割を果たしたMichael Weitz,またRegina Y. Brown に感謝の意を表する.また,Cenveo 出版サービス社のShruti Awasthi には編集,組版,図の作成で多大な貢献をいただいた.また,世界中の学生や同僚からの意見や助言は,本版を編集するにあたりたいへん有用であった.そしてさらに今後も引き続き,助言と関心を与えられることを願う次第である.最後に,Robert Murray の長年のリーダーシップと貢献に感謝する.
Victor W. Rodwell
David A. Bender
Kathleen M. Botham
Peter J. Kennelly
P. Anthony Weil