「改訂第 2 版」発刊にあたって
「臨床検査学の学術と技術によって広く、病める人のために尽くす組織」 を設立主旨とする公益社団法人 日本臨床検査同学院(2014 年 4 月、一般社団法人から公益社団法人に移行。以下、同学院)では、長年にわたり臨床検査技師の育成を通して全国の検査診療のレベル向上に多大な貢献をしてきた。一級・二級臨床検査士資格認定試験において、認定試験の合格者は臨床検査領域で今日広く活躍している。同学院では、各界の有識者と時代の要請に即し、関連学会・団体の協力のもと、遺伝子分析・検査技術の専門的人材の育成に取り組むことになった。「遺伝子分析・検査法の技術水準の向上とその標準化を図る」 ことを目的に、同学院は、「遺伝子分析科学認定士」 制度を発足させ、認定試験を実施することになった。なお、2014 年に同学院が一般社団法人から公益法人化するにともない、一般社団法人日本遺伝子分析科学同学院が新たに設置され、同制度を引き継いでいる。
分子生物学的解析(遺伝子分析)技術の進歩は、疾患の診断に必要な病因遺伝子を検出する遺伝子関連検査を可能とし、感染症や白血病を中心に日常検査として定着した。さらに、ヒトゲノムシークエンスが解読され、その情報について、遺伝子構造と機能、細胞機能や疾患との関わり、生活習慣など環境要因と遺伝要因が複雑に係る疾患の罹患性や薬物反応等の体質の個人差との関係に関する研究が進められている。近年その成果が報告され始め、遺伝子分析・検査の検出対象となりうる遺伝子情報は急激に増加している。遺伝子関連検査は、日常診療の場のみならず、様々な健康ビジネスやバイオ産業など遺伝子サービスが登場し、我々の社会生活に確実に浸透し始めている。
遺伝子関連検査の検出対象は、感染症における病原体核酸(外因遺伝子)、がん細胞や白血病細胞における遺伝子(体細胞系列遺伝子)変異、疾患や体質と関連のある遺伝情報(生殖細胞系列遺伝子)に大別される。遺伝子関連検査の意義は、検出対象が何か、研究か臨床か、臨床的有用性(治療法・予防法があるか)が確立しているか否か等によって大きく異なる。このため、遺伝子関連検査の適正な普及において、検査の適正な利用、実施が重要である。特に、生殖細胞系列の遺伝情報を明らかにする遺伝子検査(遺伝学的検査)は、個人の遺伝学的情報を明らかにする検査であり、その実施において、検査前後の体制、情報や試料の管理など慎重に扱うべき課題が存在している。
検査実施施設は、医療機関、検査施設(衛生検査所)、研究機関や民間企業と様々ある。研究から臨床への橋渡しが急速であるため、遺伝子関連検査サービスの提供において研究施設は大きな役割を果たしている。遺伝子分析・検査は、医療に限らず、保健学・歯学・薬学・栄養学・看護学・家政学・生物学・理学・工学・環境科学・スポーツ科学・獣医学・農学など幅広い領域で実施されている。遺伝子分析・検査担当者も理工系大学出身者、臨床検査技師養成校出身者、バイオ領域専門専修校出身者などと多彩である。
遺伝子関連検査は、検査機関で独自に測定法が開発され、実施される場合が多い。測定のキット化、自動化が進んでいる一部感染症の遺伝子検査(核酸検査)においても、試料の処理法は、検査機関で独自に行われている。このため、方法や検査機器の違い、測定者の技術格差など様々な理由から、測定精度が確保できず、検査施設間での整合性が得られない。その結果、充分に分析的妥当性のある検査データが得られず、さらには、臨床的妥当性や臨床的有用性の評価のために必要な検査データが蓄積されず、検査の実用化や保険収載が困難となる。海外の多くの遺伝子検査ガイドラインにおいて、遺伝子検査法の技術水準の向上とその標準化、検査精度の確保のため、施設認証や技能試験など有効な手法が述べられている。特に、検査施設における監督者や技術指導者および検査実施者における適切な専門家資格、教育、訓練基準の重要性が指摘されている。我が国においても、これらの人的な基盤環境は早急に整備される必要がある。特に遺伝子分析・検査技術の専門的人材は重要であり、その育成は早急に取り組むべき課題である。
これら状況を背景として、同学院では、遺伝子分析・検査技術の専門的人材の育成のため、「遺伝子分析科学認定士」 制度を設置した。遺伝子分析科学認定士とは、「ヒト、動物、植物、微生物、食品等全ての生物および由来物質を対象とする遺伝子技術者」と定義される。具体的には、遺伝子分析ならびに遺伝子関連検査の業務について責任を持って遂行しうる学識と技術を有し、認定された者をいう。遺伝子分析科学認定士の育成は、基本的な知識と技術を有し、遺伝子分析・関連検査の業務を行い得る「遺伝子分析科学認定士(初級)」と、初級認定を既に取得し高度な知識と十分な経験を持って後輩の指導を行い得る「一級遺伝子分析科学認定士」に分けて認定する。資格認定の方式は、認定制度委員会の各委員長および遺伝子検査関連の学会の代表者から構成される審議会(審議会長:水口國雄)にて行う。そして、2007 年に第 1 回の認定試験が実施され、2015 年には第 9 回を数え、初級資格取得者は 684 名に上っている。
「遺伝子分析科学認定士」認定制度委員会では、認定試験実施に向けて、試験委員会(委員長:宮地勇人)など各委員会規約、試験出題基準、試験範囲・内容を整備し、試験出題の範囲は、制度カリキュラムに従う。認定試験を受験する者は、カリキュラム内容に従って準備することになる。カリキュラム内容にそった標準的テキスト「遺伝子検査技術-遺伝子分析科学認定士テキスト-」が教本作成委員会(委員長:舩渡忠男)にて 2007 年に上梓された。本テキストの発刊から 8 年が経過した現在、遺伝子分析・関連検査の急速な進歩に対応できる改訂が必要となった。特に、分子生物学の進歩に伴うコンパニオン診断、新型出生前診断などの導入により、医療における遺伝子検査の位置づけが拡大してきた背景を改訂版では盛り込み、充実を図った。本テキストは、認定試験(初級)の受験において参考書となるよう遺伝子分析・検査に関する最低限の知識が書かれている。本テキストの構成は、基礎編と実践編に分かれている。遺伝子分析・検査に従事する者にとって、自らは担当しない場合でも知識だけは持っていただきたい関連領域の内容が網羅されている。基礎編においては、「医学的基礎知識」の章は、医療系出身者以外で遺伝子分析・検査を行っている方々において、遺伝子分析・検査の意義について理解を助けるために設けた。一方、各章・項目においては、頁数の制約から、簡単な記述に留まる部分もある。試験問題内容は、本テキストが中心となるが、必ずしも限定せず、試験出題基準を参考に作成される。したがって、受験準備には、必要に応じて、既に出版されている専門書を紐解いていただいた上で、知識を身につけ理解を深めていただきたい。
本制度の認定試験は、遺伝子分析・関連検査に既に従事している技術者だけでなく、学生も受験できる。臨床検査を学ぶ学生、将来バイオ関連企業への就職を念頭に勉強中の学生や、これから遺伝子分析・検査に従事しようとする者においても、本テキストは、基本的事項の知識を整理しておくための副読本としても是非購読を薦めたい。最後に、本テキストの編纂に多大な御尽力をいただいたカリキュラム委員会、教本作成委員会の委員の先生方、編集事務局(代表:田中健治)および執筆いただいた諸先生に心から感謝を申し上げたい。
2016年1月
一般社団法人 日本遺伝子分析科学同学院 理事長 水口 國雄
遺伝子分析科学認定士制度試験委員会 委員長 宮地 勇人
同 教本作成委員会 委員長 舩渡 忠男