まえがき
学生さんに放射線科の勧誘をすると、かなりの方から「放射線科の将来は人工知能(AI)に置き変わるのでは?」という返しにあいます。心の中では、ぎくっとする質問です。確かに2045 年にシンギュラリティ、すなわち人間の頭脳をコンピュータが越えるという予想があります。将棋のプロですらコンピュータとの勝負は諦めたという報道もあります。現在の画像診断はデジタル的に情報が得られており、AI の親和性が高いことは事実で、医学生の方々が持っておられる危機感は簡単には否定できません。
画像診断は、現在の医療でなくてはならないものになりました。これほどの進歩は、30 数年前にこの仕事を選んだ私には、全く予想もしていなかったものでした。今日もレポートを早くするように、多くの診療科の先生からリクエストがくるのが現状です。
AI の特徴は、人間が考えたプログラムではなく、deep learning と呼ばれる思考方法にあります。要は人間が全く考えつかない独自の方法で「思考」がおこなわれ、人間にとっては、ブラックボックスです。画像診断をコンピュータに任せることは、医療自体がブラックボックスとなる可能性を思ってしまいます。人間の生死をコンピュータにゆだねる時代は、映画の名作『マトリックス』が描いていますが、私自身は、まだまだ簡単に容認できることではありません。
現時点の画像診断は、人間が考え出した方法で行われています。この分野で培われた医学知識も膨大です。しかし、分かりやすくポイントを絞って教わることができれば、能率的に診断技術を取得することは可能だと思います。本書は、若手の先生方に執筆をお願いし、画像診断初心者のつまずきやすい部分を特に詳しく解説して頂きました。
ここで、本書を使った画像診断の勉強法を紹介します。
画像診断の基本は解剖です。解剖の知識をもとに、初めて病態による異常所見が認識可能となるのです。したがって、本書を読み進める上で、まず第1〜2 章をしっかりと理解してください。できるだけ簡単に記載したつもりですので、逆に分かりにくい部分があれば何度も何度も読み込んで理解してください。
1〜2 章の知識がしっかりと身につけば、第3〜4 章は特に順番を気にする必要はありません。実際の画像を見て異常所見に気付いた場合には、第3 章の各節が診断を推測するのに参考になるでしょう。一方、経過や内科的診断によりある程度診断が絞り込めた状態ならば、第4 章の各節を参照すればかなり診断に近づけることと思います。
画像診断に苦手意識を持つ学生さんは多いかもしれません。理由の1 つは、実際の画像診断では沢山の連続画像で判断するのに、多くの教科書は典型的なスライス1〜2 枚で疾患を説明することにあると思います。この方法では、疾患と画像所見は一対一の関係で、記憶力が頼りとなってしまいます。しかし、実際の臨床では、正常解剖の知識をもとに異常所見を認識し、症状や年齢、経過を組み合わせて確定診断に至る推理や推測のプロセスがあります。決して記憶力だけに頼る領域ではないということです。
本書で、腹部の画像診断に興味が出てきたら、次のステップは実際の連続画像を見ることをお勧めします。大学や、現在勤務している施設の放射線科を訪ねて、「○○病の典型画像を見せてください」と言ってください。教育に熱心な施設なら、本書で手に入れた画像診断技術の基本をさらに確かにできるはずです。
専門医のレポートだけに頼るのではなく、実際の画像を見て自分で理解することは、診断のダブルチェックとなり、医療の質の向上につながります。本書を参考に、ぜひ実際の画像を自分の目と頭で理解するように心がけてください。多くの臨床医が画像診断に理解を深めることが、未来のAI の適切な導入にもつながると思っています。
人間がAI をどのように医療に活用していくかは、将来の医療をどう築いていくかということです。コンピュータに何を任せて、何が無理なのか判断することが、これからの医師の大きな課題であり責務だろうと思います。私は、本書がきっかけとなって、画像診断に興味を持つ人がさらに増えていくことを期待しています。
最後に、忙しい臨床の合間に快く執筆して頂いた先生方、この企画を私に紹介して頂いた日本医事新報社の編集部、そして忙しい研修生活の間に本書に貴重なアドバイスを与えてくれた当院研修医の大橋瑞紀、松本悠吾、住尾健太郎の各先生、そして画像診断の楽しみを私に教えてくれた当院顧問の坂本力先生に感謝申し上げます。
2017年7月
山﨑 道夫