はじめに

肩こりや首・腰の痛みは直立位を基本姿勢とする人間にあっては、まことにありふれた症状です。もともと四足動物として作られた骨格を持つ人間では、ある程度宿命的なところもありますが、しかしまたそれらの大部分は予防するか自分の努力でごく軽く済ますことができるものでもあります。

私は1998 年に筑波大学を定年退官し、市中病院で働くようになりました。そこでは大学病院では経験しなかった患者さんとのさまざまなやり取りがあって、私自身にも大変勉強になりました。ここで働き出して間もなくの頃、私の説明に何度も同じことを聞き返す患者さんがいたので思わず「同じことばかり聞かないでください」と言ったら「それでは先生も一度で分かるように説明してください」と言われてぎゃふんとなりました。

私は定年になるまでの40 年近くほとんど大学病院で診療してきましたが、そこでは患者さんから質問を受けることは少なく、大体はこちらの説明でおとなしく帰って頂いておりました。今思えば患者さんは十分な理解が得られないまま、混み合った大学病院の外来に遠慮してそのまま引き下がられたのだと思います。

「一回で分かるように説明してくれ」と言われて以来、私はできるだけ紙に図を描いて説明することにしました。また「こういう姿勢をとるように」と言う時は自分でやってみせるようにしました。多くの患者さんが私の下手な絵でも大切に持って帰ってくれました。中には友人を連れてきて、自分と同じ症状だから説明してあげてくださいということもありました。

そのような診療を重ねるうちに、患者さんとのやり取りをそのまま本として私が書いてきた図をつければ役に立つ本になるのではないだろうかと考えました。何しろ学園都市の患者さんの中には理学博士、工学博士の方も稀でなく、質問も理詰めでこちらが勉強になることも少なくありません。そこでこれらの質問をそのままに取り上げ、各疾患を一人の患者さんに代表してもらって実際の診療の再現を試みました。多くの患者さんとのやり取りを一人の方にまとめたので、患者さん自体は架空の方ですが、そのやり取りは現実のものです。医者が頭の中で考えたＱ＆Ａでは本当に患者さんが知りたいことが抜け落ちると考え、実地診療の場で出された質問を拾い上げております。

肩こり・腰痛はすでに述べたように患者さん自身が立ち向かうことができる疾病でありますが、私が大学で、また労働衛生コンサルタントとしていくつかの職場で専攻してきた分野でもあります。私のやり方は今の整形外科診療学と大きくはずれてはいないと思いますが、また私自身の経験からあみ出した独自のものもあります。書くにあたってはなまじ他の医学書を参考にするより、私が今このやり方で治していますという現状をありのままに活字にしてお届けする方が活きた記述になると考えそのように作ったものです。多くの方にとってお役に立つものであることを願っております。

2011年 10月

林浩一郎