巻頭言
臨床に役立つ解剖学の知識は医学の基礎となるものであり,解剖学は医学およびその関連科学を学ぶ学生にとって最も重要な科目の一つである.これまでにも解剖学を効果的に学習するためのさまざまな教材が開発され,それらは学生と教員に広く利用され,その結果として患者の診断や治療にも貢献してきた.『Gray's Anatomy for Students』(日本語版『グレイ解剖学 原著第1版』,エルゼビア・ジャパン,2007)の中にある図版を私が初めて講義で使用した時,多くの学生から,それらのユニークな図や写真の出典を質問された.『グレイ解剖学』の素晴らしい内容は,その中で用いられている図版に見られる斬新なアイディアと描画技術に負うところが大きい.
本書は,『グレイ解剖学』の図を担当したRichard Tibbitts,Paul Richardson 両氏の手による多数の卓越した図からなっている.それに加えて,臨床の画像,体表解剖の写真,さまざまな新しい診断画像が多く含まれている.
言うまでもなく,解剖学は単に書物やDVDのみによって学習することは不可能であり,御遺体を自らの手で解剖することによって初めて実際的な知識を身に付けることができる.学生諸君は,解剖学実習(自分自身の手で解剖することができない場合には解剖見学実習)に可能な限り多くの時間を費やすべきであり,それと並行して,骨標本を観察し,また書物やその他の教材によって理解を深めなければならない.真に臨床に役立つ解剖学の知識は,そのような総合的な学習によって獲得することができるのである.
本書が,解剖学を学ぶ学生諸君にとって有用な伴侶となり,またその後の臨床活動においても永く役に立つものと確信している.
英国ロンドン大学 キングス・カレッジ 解剖学講座
名誉教授
Susan Standring
原著第3版 序文
『Gray's Atlas of Anatomy』の第3版は,現代の画像技術により可視化された実際の生体からの構築図と体表解剖学とを結びつけるという初版ならびに第2版の伝統を引き継いでいる.現代的なイラストと画像や体表解剖学の組み合わせは,今日入手可能な解剖アトラスの中で,最も特徴的であるといえる.
すべての章の終わりに,各章を簡単に振り返ることができるような表や概略図を追加した.これらは,全身の主要な神経叢や主要な動脈の分岐パターン,区画や領域ごとにまとめた筋のまとめ,そしてその他の有用な情報が含まれている.これらの資料は,読者が必要とする情報にアクセスしやすいように考えられている.
『Gray's Atlas of Anatomy』の第3版が,解剖学に初めて触れる学生にとって,また日々の学習の中で必要な解剖学的情報にアクセスすることが求められる高学年の学生にとっても,効果的な学習の助けとなることが私たちの願いである.
著者一同
監訳者序文
『グレイ解剖学アトラス 原著第3版』が出版されることになりました.もともと本書の親本である『Gray's Anatomy for Students』の原著第1 版を出張中にロンドンの書店で見つけたとき,それまでの学生向けの教科書とは異なる意欲的なわかりやすい図の使い方や,臨床医学との関連を重視した記述や配列に驚きを感じました.それから版を重ね,教科書の発展形としてのアトラスが出版される過程で,このアトラスも独自の進化を続けています.教科書と同じように見える図であっても,より詳細に描かれていたり,さらなる引き出し線が加えられたりしています.教科書は記述された情報が主役であり,アトラスは図そのものが主役であるというように,それぞれの役割を十分に理解して作られているというところに,この本の良さがあると感じます.しかしながら,初学者にとってはその良さを気づく前に,情報の量に困惑してしまうかもしれません.それぞれの良さを最大限に活かそうという著者の試みを理解し,共感していただければ嬉しいです.
人体の構造を精緻に描き,記述した教科書や図譜は昔から数多くあり,それらの多くは古典的名著として今でもまったく光を失っているものではありません.しかし,診断機器や手術法の発展進化に伴い,それらを超えるレベルで観察し理解することが,臨床家や学生には求められているのだと考えます.その一方で,医学全体の情報ボリュームも増大し,学生が解剖学をじっくりと学び,理解するという時間が少なくなっているのも事実です.そのような中で,解剖学の学習にとどまらず,さまざまな場面にて繰り返し人体の構造を学ぶことのできる解剖学の教科書やアトラスが求められています.その要望に十分応えられるのが本書であるをといえます.
初版,第2版と同様に,精細なイラストとそれに対応する画像診断のイメージング画像,内視鏡画像等が効果的に配置されています.このようなイラストや画像,写真も,かなり多くのものが改変,更新されており,最新の臨床医学に対応できるようになっています.また,それに合わせるにように,用語の追加・変更も行われています.
本書が医学部・コメディカル各課程の学生,そして臨床に携わる多くの医療関係者の座右に置かれ,解剖学にとどまらず,臨床医学の学習のさまざまな場面で活用されること,そして慣れ親しんだ本書を臨床診療の中でも用いられることを心から願っております.
本書で用いた解剖学用語は,日本解剖学会監修『解剖学用語 改訂第13版』(医学書院,2007)に準拠しています.そこに採用されていない用語については,臨床での慣用などを参考にして日本語訳とし,それらには*を付けております.異なる臨床科ごとに用語が作られているものもあり,統一されていないものも多くあることから,そのような場合には,できるだけ一般的なものを用いるように努力しました.また,原文が『Terminologia Anatomica』(Thieme,1998)によってではなく,米国において慣習的に用いられている用語も多くみられました.できる限り『解剖学用語』に準拠するようにしましたが,それが困難なために英語をそのまま訳出せざるを得なかった部分があることもお断りいたします.『解剖学用語』の中に,同じような表現法を取ると考えられるにも関わらず,場所によって異なっていた場合には,わかりやすいと考えられるものに統一するようにいたしました.一つの構造に複数の名称が与えられている場合には,それらを併記するようにしましたが,紙面のスペースの関係で,割愛せざるを得ないものもありましたことをお断りいたします.
この優れた『グレイ解剖学アトラス 原著第3版』の日本語版の出版を企画されたエルゼビア・ジャパン株式会社に感謝いたします.
日本語版作成の過程では,単に機械的に英語から日本語に用語を当てはめるだけではなく,『解剖学用語』として正しく使われているか,適切な用語になっているかなど,多くの判断をしなければならない場面がありました.特に『解剖学用語』にはない場合,どのように記述するかということに悩むところが数多くありました.これらを一つ一つ丁寧に拾い上げ,一つの章だけではなく,他の章における使い方も同様であるかどうかについてのチェックをするという作業は非常に困難なものでありました.さらに,特に日本語と英語を併記させるために,狭い紙面と格闘するという非常に困難な作業もありました.このようなさまざまな困難を伴う訳出の方針をお許しいただき,最後まで方針を貫いてくださったことを嬉しく感じております.そしてそのための膨大な作業に,忍耐強く,創造的に当たられたエルゼビア・ジャパン株式会社編集部の飯塚真一氏,佐藤美里氏に心から感謝いたします.
2021年8月
秋田 恵一