はじめに

「物理，苦手なんだよね」という人は少なくないのではと思います．

百科事典によれば，“物理学とは，自然科学のなかで，主に無生物界の現象を量的関係として把握し，これを支配する根本法則を数式で表現して数学的に推論することを特徴とするもっとも基本的な部門”とのことです．物の理（ことわり）が理解できる基本法則は素晴らしく，「おもしそうだ」「勉強したい」とは思うのですが，数式が出てきた時点で何となく腰が引けて先に進めなくなり，「ここから先は専門家にお任せしよう」と思ってしまうのが私のような凡人の思考回路です．

放射線治療には，臨床医学の知識とともに，放射線生物学，放射線物理学の知識が必要です．放射線治療の教科書をつくるにあたって，放射線物理学の部分は，医学物理士や診療放射線技師の資格をおもちの先生方に執筆を依頼しますが，医師や看護師，放射線治療に馴染みのない診療放射線技師などからは，「出だしからむずかしくて理解できない」との声が聞かれたりします．もちろん，物理大好き，大得意で物理学者になろうか迷った医師などもいらっしゃるのは知っていますが，本書は私のような物理の理解が今ひとつ心配な人のために，放射線治療の物理を基本から親しみやすく解説しようと企画した書籍です．

今回，放射線治療物理学の解説で，水の中の生き物たちに登場してもらいました．“スイスイわかるといいな”という期待を込めています．水の中の生き物が解説する図を左ページに配し，右ページではその現象のわかりやすい解説を心がけました．さまざまな魚や水の中に暮らす生き物たちが，身をもって物理現象や，放射線治療物理学の基礎的事項を説明してくれます．数式をなるべく使わず，専門用語を日常の言葉に噛み砕き解説したつもりです．

苦手意識をもちがちな放射線物理学について，学部学生から，すでに放射線治療に携わっているメディカルスタッフまでが，「絵も可愛いし面白いし，読み物として1冊手元においておきたいな」と思える書籍を目標に制作しました．

第1章では放射線物理学の基礎を解説，第2章では加速器などの医用放射線発生装置を説明，第3章では放射線治療計画にかかわる用語などを解説し，第4章では放射線の照射法を物理面から解説，第5章では放射線治療の品質管理について医学物理学的な切り口で解説しています．

本書が，放射線治療にかかわる多くの方々のお役に立つことを願っております．

編者代表
唐澤久美子
東京女子医科大学放射線腫瘍学講座 教授・講座主任