序文

近年，肝細胞癌（hepatocellular carcinoma：HCC）に対する全身薬物療法は著しく進歩しており，現在本邦では八つの治療レジメンが利用可能である。これは，2009 年にはソラフェニブのみが使用できた状況と比べて隔世の感がある。さらに，経口抗ウイルス薬の開発と進歩により，C 型肝炎が高率で駆除され，C型肝炎由来のHCC が減少している。一方で，アルコールや肥満に関連するHCC は増加傾向にある。このような非B 非C 型患者ではHCC の発生率は低いものの，患者数が多いため適切なサーベイランスが行われておらず，比較的大型のHCC として発見されることが多く，これも薬物療法の進歩および普及に寄与していると思われる。HCC が他の癌種と異なる点は，切除，アブレーション治療，カテーテル治療，および放射線治療といった多彩な局所療法が存在することである。当初は全身薬物療法の進歩により，これらの局所療法の意義が相対的に低下すると思われていたが，実際にはその逆であり，局所療法の意義は高まっている。例えば，切除における「borderline resectable」の概念や，カテーテル治療における「TACE 不適」の概念が導入され，それらの守備範囲はむしろ広がりつつある。アブレーション治療や放射線治療も同様である。したがって，これからの肝癌診療にあたる医師には，全身薬物療法の知識だけでなく，各局所療法の特性についての理解と習熟が望まれる。さらに，全身薬物療法，とくに免疫療法の進歩により，臨床医にとってはHCC の分子病理学的特性や免疫微小環境についての理解が重要になっている。また，画像診断においても，HCC の診断だけでなく，HCC の分子病理学的特性や免疫微小環境を反映した診断が求められている。

そこで本特集では，薬物療法が進歩するなかでダイナミックに変化しつつあるHCC の診断・治療の理解と診療および研究に役立つことを期待し，「薬物療法の進歩における肝細胞癌の診断と治療 Update」をテーマとして，HCC の診断・治療にかかわるさまざまな臨床的なトピックスを網羅的に取り上げた。これらのトピックスに関して内科・外科・放射線科・病理とさまざまなバックグラウンドを有するエキスパートの先生方に詳しくかつ分かりやすくご解説いただいた。また，恒例の「連載」においても，臨床家が知っておくべき最新のトピックスについて，明解にご解説いただいた。それぞれご執筆いただいた先生方のご尽力により，本誌の発刊以来のコンセプトである「最新のテーマを広く・深く・わかりやすく」を本号でも踏襲することができ，とても贅沢な内容となった。本号をお読みいただくだけで，最新のHCC 診療についても理解と最新のトピックスに対する知見が深まる内容となっており，本号が読者の皆様の診療の一助となり，HCC のさらなる病態解明と治療法開発，そしてHCC 患者の皆様の生命予後とQOL の改善につながれば，われわれにとって望外の喜びである。

杉本　勝俊
東京医科大学消化器内科