序論

本号の特集は今話題のpachychoroid関連疾患の最新情報です。“pachy-” は「厚い」を意味する接頭語で，pachychoroidは「厚い脈絡膜」を意味します。読者のなかには「pachychoroidという言葉はよく耳にするけれどよくわからない」という先生もおられれば，「pachychoroidの考え方は理解できるけれども診断はどうしたらよいのか」，あるいは「pachychoroidを黄斑疾患，特に滲出型加齢黄斑変性（age-related maculardegeneration：AMD）でどう位置づけたらよいのか」と疑問を持っている先生もおられると思います。

これは，pachychoroidの考え方がまだ新しいこと，明確な定義・診断基準がなく，研究成果の報告が増えるにしたがい考え方に変化が生じてきていることが背景にあります。たとえば，「厚い脈絡膜」は特徴ではないと考えられてきています。Pachychoroidは現在も議論が続いている研究分野ですが，本特集では現時点での考え方，診断，それを念頭に置いた治療についてエキスパートの先生方に整理していただきました。

従来から滲出型AMDあるいはポリープ状脈絡膜血管症（polypoidal choroidal vasculopathy：PCV）には中心性漿液性脈絡網膜症（centralserous chorioretinopathy：CSC）の既往を持つ症例があり，これらの関連が指摘されていました。最近，Freundらによりpachychoroidの概念が提唱され，この考え方は日本人やアジア人の滲出型AMDをはじめとする黄斑疾患の病態を理解し，治療を考えるうえで有用な概念として注目されてきました。

Pachychoroid関連疾患は脈絡膜の肥厚，脈絡膜中大血管の拡張（pachyvessel），pachyvesselの部位での脈絡膜内層の菲薄化，インドシアニングリーン蛍光眼底造影（ICGA）での脈絡膜血管透過性亢進，脈絡膜紋理の不明瞭化などの特徴を持つ疾患群で，pachychoroid pigment epitheliopathy（PPE），CSC，pachychoroidneovasculopathy（PNV），PCVなどが含まれます。これまで「type 1 CNVを持つ典型AMD」と診断されてきてきた症例のなかにはPNVが多く含まれていることがわかってきました。また，これまでICGAでポリープ状病巣を有するものを一括してPCVと呼んできましたが，PCVをpachychoroidという視点からみるとこの所見を有する症例と有さない症例があり，PCVの考え方も変わってくる可能性があります。詳細については是非とも特集論文をお読みください。さらに重要なことは脈絡膜の形態観察が治療戦略に直結することです。光線力学的療法（PDT）や抗VEGF薬硝子体内注射により脈絡膜の構造変化が起こり，それが治療効果と相関することがわかってきました。脈絡膜の状態を指標として治療戦略を立てる時代がきているといえます。新規抗VEGF薬の治験では脈絡膜厚の測定も行われるようになってきました。

本特集を読んでいただくことでpachychoroidの理解が進むことは間違いありませんし，今後解決すべき課題も見えてくると思います。是非お楽しみください。

東京女子医科大学眼科学教室　飯田知弘