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- 医学のあゆみ283巻4号 異種移植の現状と展望
商品情報
内容
・2021年末,3例のブタ腎移植が短期間であったが脳死患者に施行され,いわゆる超急性拒絶反応が,遺伝子を改変したブタからの臓器では回避できることが証明された.
・2022年にはブタ心移植も行われ,60日ではあるが生存を得ている.これらは紛れもなく異種移植研究の成果であり,躍進を物語っている.
・本特集は,世界の動向を紹介する目的で4人の先生方に欧米の主要大学の状況を,5人の先生方に日本での異種移植への取り組みと関連の研究を紹介していただく.
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序文
はじめに―異種移植の現況
2021年末,3例のブタ腎移植が短期間であったが脳死患者に施行され,いわゆる超急性拒絶反応が,遺伝子を改変したブタからの臓器では回避できることが証明された1).2022年にはブタ心移植も行われ,60日ではあるが生存を得ている.これらは紛れもなく異種移植研究の成果であり,躍進を物語っている.
この異種移植の研究は30年以上前に開始された.最初に取り組まれた課題は拒絶反応のメカニズム2),すなわち超急性拒絶反応の機序の解明であった.ブタ-ヒト間の補体系の反応の不一致が報告された後,Galエピトープのような種特異的な糖鎖抗原が報告され3),他の免疫反応の研究が続いた.
ブタに対する最初の遺伝子改変(genetic engineering:GE)は,membrane cofactor protein(MCP;CD46),decay accelerating factor(DAF;CD55),CD59などのヒト補体制御因子に焦点が当てられた4).そして,1994年にDAFトランスジェニック(transgenic:TG)ブタがはじめて作出され,その後,他のCRP,等のTGブタが続いた5,6).一方,マウスとは異なり,ブタのES細胞(embryonic stem cells;胚性幹細胞)は現在でもまだ確立されていない.そこで,α1,2fucosyltransferase,Endoβ-GalC,β-D-mannoside β-1,4-N-acetylglucosaminenyltransferaseⅢ(GnT-Ⅲ)7)などの過剰発現によるGalエピトープの競合的阻害やリモデリングが検討された.そして2002年に,(胎児)線維芽細胞へのGE技術と核移植技術を組み合わせ,Galノックアウト(KO)ブタが開発された8).
現在,補体制御因子のみならず,多くのヒト免疫関連分子や複数の糖鎖抗原が,新しいGE技術に基づき,それぞれTGやKOの候補にあげられている.研究の課題は,NK細胞や単球/マクロファージ(Mo/Ma)からなる自然免疫系を含む細胞性拒絶反応の制御に移っている.
ブタ細胞に対するヒトのNK細胞の機能を抑制する方法は広く研究されている.HLACのようなHLAクラスⅠa分子でなく,クラスⅠbのHLA-G1,HLA-E5)がTGブタとして検討されてきた.さらに,ブタの細胞表面の糖鎖のパターンを変えることも合理的な戦略である.
次にMo/Maの制御では,一般にはCD476)はMo/Ma表面のITIM(immunoreceptortyrosine-based inhibition motif)を含むSIRPα(signal-regulatory protein α)に結合することが知られおり,これを利用してヒトCD47をTGすることが提唱されている.一方,この10年間でMo/Maを制御する他の分子が数多く同定されてきた.たとえばHLA-G19),HLA-E10)は,NK細胞だけでなくMo/Maに対しても抑制機能を持つことが確認された.Mo/Maは,実はNK細胞と共通の受容体を多く持っている.また,α2,6シアル酸の過剰発現など糖鎖抗原の変化も11,12)同様にMo/Maの制御に有効である.加えて,CD31やCD177による好中球の制御方法も報告されている13).
また一方で,獲得免疫の主役であるT細胞,B細胞の制御方法も研究されている.クラスⅡドミナントネガティブ(CIIDN),SLAクラスⅠ-KO,FasL,TNFRI-Fcなどである.免疫学的研究に加え,トロンボモデュリン(TM),組織因子経路阻害薬(TFPI),内皮細胞タンパク質C受容体(EPCR),CD39,CD73などの凝固系分子,ヘムオキシゲナーゼ1(HO-1),A20などの抗アポトーシスや抗炎症遺伝子などをTGする研究も進んでいる.
■遺伝子工学
この10年間で最も進歩したのは,KO技術である.ひとつはzinc finger nucleases(ZFN),transcription activator-like effector nuclease(TALEN)14),そしてclusteredregularly interspaced short palindromic repeats(CRISPR)である.このCRISPR法は単にCRISPR-associated protein 9(Cas9)だけではない15).これらの方法は革命をもたらし,遺伝子のKOはきわめて容易になった.Gal-KOだけでなく,シチジンモノホスホ-N-アセチルノイラミン酸水酸化酵素(CMAH,H-D遺伝子)-KO,SLAクラスⅠ-KO,β4GalNT2-KO16)ブタなどが,ヒト遺伝子導入と組み合わされて多くの機関で作出されている.また,2つの独立した分子をつなぐ2Aペプチド技術も普及しており,多遺伝子を発現するブタの作出の大きな助けとなっている17).
また新たな戦略として,各遺伝子のTGブタでの世代を超えた安定発現のため,ブタゲノムのROSA遺伝子座に遺伝子をノックイン(KI)することが注目されている.
■前臨床試験
ここしばらくの間に,前臨床異種移植実験の分野では目覚ましい進展があった.驚いたことに,GE-ブタの心臓をサルの腹部に異所性に移植すると,ほぼ2.5年間鼓動し続け18),同じくGE-ブタの腎臓はサルでほぼ1年半機能した19).
膵島細胞については,GE-ブタの膵島細胞をサルに移植し,1年数カ月機能することが報告され,一方で,野生型の大人ブタの膵島(API)を用いて,免疫抑制剤だけで1年以上の生着させたグループもある20).このことは,GE-ブタと優れた薬物療法を組み合わせることにより,膵島が2~3年以上機能することを示唆している.
■ブタ内在性レトロウイルス(PERV)
ブタ内在性レトロウイルス(porcine endogenous retrovirus:PERV)の問題については,CRISPR技術を使ってブタゲノムからすべてのPERVをKOする試みがeGenesis社では成功している21).また,感染力の強いPERV-CだけをKOする動きもある.しかし過去に,ブタの臓器や組織の移植を受けた患者が多くいるにもかかわらず,感染の実例報告はない22).そのため,PERVのリスクに関連する論争はすでにあまりみられなくなっている.
■日本での臨床
日本では,2014年に「再生医療新法」によりブタ細胞(膵島)移植が認められ,2016年には「異種移植に関するガイドライン」が改訂された.つまり,すでにブタ膵島移植の臨床は一定の条件のもと開始できるようになっている.おそらく近く,遺伝子改変ブタの膵島をマイクロカプセル化した形で臨床が開始されると思われる.
一方,このブタ膵島移植の臨床試験・治験については,過去スウェーデン,中国,メキシコ,アルゼンチン,ロシア,アメリカ,ニュージーランドなどで行われ,中国では現在進行中である.
また臓器(心移植)に関しても,2022年に入って国立循環器病センターより厚生労働省に許可要請があった.近い将来,心移植や腎移植などの臓器移植も“再生医療等製品”として取り扱われると期待されている.
■おわりに
今回は世界の動向を紹介する目的で,4人の先生方に欧米の主要大学の状況を紹介していただきました.これに加えて,5人の先生方に日本での異種移植への取り組みと関連の研究を紹介していただくことにしました.
最後に,この分野の研究費があまりにも少ない日本の現況から,海外に行って活躍されている若い先生方が国際学会などで多く見受けられます.逆境を乗り越え,異種移植はもうすぐ日本でも実際の臨床としてはじまるという認識を持っていただければ幸いです.
宮川周士
大阪大学大学院医学系研究科小児成育外科・臓器移植
【文献】
1) Porrett P et al. Am J Transplant 2022;4:1037-53.
2) Miyagawa S et al. Transplantation 1988;46:825-30.
3) Galili U et al. Proc Natl Acad Sci USA 1991;88:7401-4.
4) Miyagawa S et al. Front Immunol 2022;13:860165.
5) Matsunami K et al. Biochem Biophys Res Commun 2006;347:692-97.
6) Ide K et al. Proc Natl Acad Sci USA 2007;104:5062-66.
7) Miyagawa S et al. J Biol Chem 2001;276:39310-9.
8) Dai Y et al. Nat Biotechnol 2002;20:251-5.
9) Esquivel EL et al. Transpl Immunol 2015;32:109-15.
10) Maeda A et al. Transpl Immunol 2013;29:76-81.
11) Sakai R et al. Surgery Today 2017;48:119-26.
12) Noguchi Y et al. Immunobiology 2019;224:605-13.
13) Maeda A et al. Frontier Immunol 2022;13:858604.
14) Miyagawa S et al. J Reprod Dev 2015;61:449-57.
15) Miyagawa S et al. Transplant Proc 2022;54:522-24.
16) Martens GR et al. Transplantation 2017;101:e86-e92.
17) Szymczak AL et al. Nat Biotechnol 2004;22:589-94.
18) Mohiuddin MM et al. Nat Commun 2016;7:11138.
19) Kim SC et al. Am J Transplant 2019;19:2174-85.
20) Hawthorne WJ et al. Am J Transplant 2014;14:1300-9.
21) Yang L et al. Science 2015;350:1101-4.
22) Morozov VA et al. Virus Res 2017;227:34-40.
目次
特集:異種移植の現状と展望
はじめに ─ 異種移植の現況…宮川周士
臨床応用可能な3 種異種抗原ノックアウトブタを用いたサルへの異種腎移植の長期生着…広瀬貴行・河合達郎
ドイツにおける異種移植研究の現状…黒目麻由子
アラバマ大学・Cooperグループの異種移植研究…岩瀬勇人・他
異種移植研究の現況とコロンビア大学ジョンズホプキンス大学・山田グループの取り組み…久留 裕・他
免疫隔離膜を用いたブタ膵島移植による糖尿病治療…松本慎一
異種移植臓器ドナーとしての遺伝子改変ブタの開発…渡邊將人・他
呼吸器分野における異種移植の現状─遺伝子改変ブタを用いた異種肺移植および脱細胞化気管・肺研究…土谷智史・他
異種移植を可能にする抗体関連拒絶反応の克服…大段秀樹・他
循環器領域における異種移植の展望…福嶌五月
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書籍情報
- ISBN:9784006028304
- ページ数:70頁
- 書籍発行日:2022年10月
- 電子版発売日:2022年10月19日
- 判:B5判
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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