病院救急救命士のリアル

病院前救護の質を向上させ，とくに院外心肺停止患者の予後を改善することを目的に1991年4月23日に救急救命士法が制定され，翌1992年4月に救急救命士が誕生しました。当時，救急救命士が消防機関以外で働くことは想定されておらず，教育の場も消防関連に限定されていました。当院では，全国に先駆けて2006年4月に消防勤務経験のある救急救命士を正式に大学職員として採用しましたが，当時は救急救命士としての資格を臨床で活かすことはできず，教育と研究を通して，医療機関と消防機関の架け橋となることが求められていました。一方，時の流れのなかで教育の場は変化し，消防関連の養成所だけでなく，多くの専門学校や短期大学・4年制大学で救急救命士の育成が始まったことで，救急救命士の資格を取ってすぐに医療機関や民間救急，企業などにその知識を活かして就職する例は増えていきました。

このような背景から，2021年10月に救急救命士法が改正され，医療機関に従事している救急救命士が知識だけでなく技能を含め，その資格を活かせる環境が整備されました。また，2024年4月から順次施行される医師の働き方改革により医療機関，とくに救急患者を受け入れている初期・二次・三次救急医療機関では，タスク・シフト/シェアという観点からも，医療機関に勤務する救急救命士（病院救急救命士）の存在は欠かせないものといえます。一方で，このタスク・シフト/シェアという観点にとらわれすぎると，救急救命士は“医師や看護師の介助者”として位置づけられ，国家資格保有者であるにもかかわらず“安い労働力”として扱われるのではないかという危惧もあります。

救急救命士誕生から今日に至るまで，救急救命士とともに歩んできた救急医として，2021年の救急救命士法改正は大きな一歩であると同時に，上記をふまえた病院救急救命士の環境整備は喫緊の課題と考え，今号の特集企画を立案しました。表題を「病院救急救命士のリアル」とした意図は，ここに至るまでの経緯を明確にし，現状の問題点や今後の課題，展望について，それぞれのお立場から腹を割って述べていただくことで，救急救命士の職域がさらに広がる礎になればと考えたからです。

救急救命士が，単に臨床だけでなく研究や教育にも携わることで，誇りをもって，天職として医療に従事できる体制作りに本特集が少しでも役立つことができればと願ってやみません。

特集企画ゲストエディター：
埼玉医科大学国際医療センター救急医学科／救命救急科
根本 学