改訂第11版の序

改訂第10版を出したのは昭和44年であった。その後，電子顕微鏡による組織学の進歩は目覚しいものがあり，それらを加味した改訂か早くから望まれていた。そこでこのたびの改訂ではとくに第3巻に重点を置いて感覚器学を山田英智東京大学教授か，内臓学を蓑老孟司東京大学教授かそれぞれ分担して，全面的に加筆・修正を行い，第11版として世に送ることとなった。解剖学用語は原則として日本解剖学会編＂解剖学用語＂（改訂第11版）によったが，一部のラテン語名はその後の国際解剖学用語委員会で修正・採択されたものを使った。

第1巻の骨学・靱帯学および筋学は，第10版で大幅な改訂を行ったので，今回は全篇にわたりその用語の改訂，細部の誤りの訂正と適切でない表現を改めることにとどめた。

第2巻の脈管学では，血管分布について模刑図を追加して，理解の便をはかったほか，本文と図の照合を十分に行い，より鮮明で正確な図に改めた。神経系では，これまで難解であった神経系の細胞発生を新しい研究に準拠して書き改め，大脳と小脳の皮質の細胞構築においてSynaptologyの新知見を示す図を加え，その他，最近の神経解剖学の知見をもとに妥当でないと思われる個所を改め，模式図を追加して，理解しやすくした。

第3巻の感覚器，内臓学では旧版の構成をなるべく壊さないように心掛けつつ，組織学の面での最近の知見をとり入れて大幅に書き改め，数多くの電子顕微鏡写真や模型図を加えた。また，今回比較解剖学や発生学的知見を多く加えたが，これはこの方面の適切な教科書（日本語）が少ないにもかかわらず，動物実験が盛んであるという現状をかんがみ，広い範囲の読者層に応ずべく努めたのである。内臓学ではとくに，古典的文献も含めて多くの文献を付したか，それは記述の典拠を正確に示すとともに，肉眼解剖学については古典に，正確かつ精緻をきわめた記述を見ることか多いからである。用語については現行の欧米の教科書に慣用されていて“解剖学用語”に採用されていないものも必要に応じて併記した。また，往々にして英・独間では同じ用語か別の概念を表わすことがある。その場合は特に言葉の定義に留意するように努めた。なお，歯の部分の改訂は東京大学の吉岡正彦助教授に負うものであり，肝臓の組織学は東京医科歯科大学の和気健二郎教授によって改訂されたことをここに記して，深謝する次第である。

今回は，続巻の改訂（第9版）も行った。ここでも時代の流れを受けた改訂の跡かみられる。発生学では，用語としてのドイツ語かはとんど姿を消し，組織学では電子顕微鏡写真か加えられ，本文には新しい所見か加筆された。

戦後，間もなく出版された初版は紙質が悪く，頁数も少なかった。今回の改訂では頁数か前版より著しく割増したのみではなく，印刷法も従来の凸版印刷から平版印刷に変えた。

ここにも世の流れの跡をみる。

本書の初版の分担者は殆んどみな現役を退いたが，執箪陣に新しい専門家が加わり，時代の流れに適応した内容をもった改訂版ができたことを心から喜び，自信をもって世に送る次第である。

昭和57年2月

小川鼎三