序文

臨床病理検討会（clinico-pathological conference：CPC）は，病理解剖症例の担当臨床医とその病理解剖を執刀した病理医を主体とし，必要に応じて放射線診断医・臨床検査医等も参加して開催される．生前の経過や検査所見等について各自が見解を述べた後，解剖によって肉眼的・顕微鏡的に明らかになった病理所見と臨床所見を関連づけ，最終的に症例の正確な病態ならびに死因を病理学的に解明する場である．個々の症例において死に至った病態が明らかになるだけでなく，CPC の記録の蓄積は臨床研究の端緒となるので，医学の絶えざる発展のためにCPC は不可欠である．

加えてCPC は，世界に共通してまた歴史を遡った以前よりずっと，臨床・病理のレジデントならびに医学部学生の重要な研修・教育の場となってきた．臨床のレジデントにとってCPC は，自身の受け持った症例の経験を知識として定着させるのに有益である．学部学生にとっても，症例に即して病態を総合的に学ぶ貴重な機会となる．他方で病理レジデントには，肉眼的・顕微鏡的病理所見と病態の連関を明快に臨床医に提示する能力を鍛えるための，修練の場となる．

このように，全身臓器を隈なく探索し，病変の現場を顕微鏡的に直接観察した結果を，臨床に還元できる意義深いCPC ではあるが，臓器写真や組織像を見慣れていない臨床のレジデントや学部学生が実際に出席すると，多数の写真のスライドが短時間のうちに映写され，理解が及ばないまま終了してしまうことがあるに違いない．そこでわれわれは，臨床のレジデントや学部学生が，肉眼的・顕微鏡的病理所見から病態を総合的に理解できるようになってほしいという思いで本書を企画した．

本書においては，症例ごとにテーマを設け，その症例を通して学んでいただきたい所見や病態を明示している．慶應義塾大学医学部病理学教室に長年にわたり蓄積されてきた膨大な病理解剖例から，典型例の標本や鮮やかな所見が観察できる標本を厳選して症例を構築し，たくさんの写真を載せた．すべての肉眼・顕微鏡写真にシェーマをつけることで，何を読み取るべきかを具体的にわかりやすく解説する工夫をした．さらに，顕微鏡を見慣れていない臨床のレジデントや学部学生が所見を深く理解できるように，正常の顕微鏡写真との比較を載せている．臨床のレジデントが習得しておくべき所見がはっきりわかる写真だけでなく，医師国家試験で組織像が出題されたことのある疾患の写真も意図的に選択して収載した．また，病理所見から病態を総合的に考えていく道筋をわかりやすく記載するために，病理レジデントと病理指導医の会話の体裁をとったので，はじめて解剖を執刀しCPC で発表する病理レジデントにとっても有益と考える．

本書を通じて，個々の肉眼的・顕微鏡的病理所見を具体的に学ぶのみならず，病態の総合的な理解が得られるCPC の意義を知り，各施設で行われる実際のCPC に欠かさず出席して知見を収集する姿勢を身につけていただければ幸いである．

2023年1月

金井弥栄，鈴木秀和，藏本純子