細胞診のピットフォール

細胞診は低侵襲な検査法として，体腔液や各臓器など広く臨床で用いられている．その活用のされ方は臓器や臨床現場ごとに異なるが，組織診実施の判断を行うスクリーニング的に用いられることもあれば，組織診と同時に採取され，組織診を補完する役割が与えられることもある．本誌では，31 巻（2013 年）の臨時増刊号で「細胞診の基本から実践へ」や33巻11月号（2015年）で「穿刺吸引細胞診の見方と診断そして最新の知見」の特集が組まれて以来，細胞診は長きにわたってテーマとして扱われていない．臓器ごとの報告様式の紹介・解説などでふれられることもあったが，限定的であった．

病理医は常日頃細胞を観察しているとはいえ，誰もが細胞診を得意としているわけではない．診断に重要な組織構築は組織標本と細胞診標本ではみえ方が異なり，浸潤の有無など細胞診では判断できない要素も多分にある．さらに，標本全体をみて判断するのに時間がかかるなど，病理医に好まれない要素が多く含まれ，結局は“細胞検査士の判断を確定・送信する係”，となっているだけの病理医も少なくない．

また“異型細胞”の解釈など，細胞診にはピットフォールが存在する．例えば臨床像や画像所見から炎症性疾患が示唆されていたにもかかわらず，十分な検討なしに反応性異型を過大評価して悪性と報告することや，ウイルス封入体を大型核やN/C 比の高い異型細胞と誤って解釈されることなどである．こういう症例ではカルテを確認し，臨床像やほかの検査結果を踏まえて評価していれば，未然に防ぐ，あるいは少なくとも“悪性”という判断から一歩引くことができた可能性がある．こういった病歴の把握，画像や検査を踏まえた総合的な判断は，病理医の大きな役割である．また，組織学的所見の多くが細胞像に反映されるため，類似する病変や，日進月歩で変わる疾患概念などの病理学的な知識が細胞診における妥当な鑑別診断につながることもある．

すなわち細胞診とは，細胞検査士はスクリーニングにおいて偽陰性を出さないように異型細胞をピックアップすること，病理医はその判断の妥当性を臨床像も併せた総合的な見地から最終判断し，偽陽性や過剰判定を出さないことで双方が協力する仕事であると考える．筆者も細胞診の診断にあたっては，細胞検査士と鏡検し，ディスカッションしたうえで最終診断している．

本特集号では，各臓器別に，細胞診の意義や細胞診判定における病理医の役割，細胞診のピットフォールをエキスパートに解説していただき，たとえ細胞診が苦手な病理医でもチェックすべきポイントがわかるようご教示いただきたいと考えている．細胞診に取り組み始めた若手病理医からベテランまで日常診断業務や細胞像の理解に有用な内容となると考えている．

特集編集
南口早智子 ［藤田医科大学医学部 病理診断学講座］
中黒匡人 ［名古屋大学医学部附属病院 病理部］