子どもの心の診療シリーズ6 子どもの人格発達の障害

笠原 麻里 (責任編集) / 齊藤 万比古 (責任・総編集) / 中山書店

  • ページ数 : 300頁
  • 書籍発行日 : 2011年9月
  • 電子版発売日 : 2014年8月22日
4,180
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商品情報

内容

わが国で子どもの心の診療に実際に携わるすべての臨床家のために、現在提供できる日本語で書かれた最高のテキストたることを願って編まれた"子どもの心の診療シリーズ"の第6巻。

第6巻では、人格を主題に据え、パーソナリティ障害を視野に入れつつ、人格形成の諸側面・諸要因についてその領域の専門家が解説した。

序文

本シリーズはここまで「総論」の1冊と,「発達障害」,「身体表現性障害と摂食障害」,「不安障害と抑うつ」,「虐待関連の精神障害」,「攻撃性と破壊的行動障害」,「精神病性障害」という障害群別の6冊の,計7冊を上梓してきた.この障害群別という編集姿勢の一貫性を貫くなら本巻のタイトルは『子どものパーソナリティ障害』とすべきところである.しかし,編者はあえてそれを選ばず,『子どもの人格発達の障害』とした.

その理由の第一は,わが国では18歳未満の子どもにパーソナリティ障害の診断をするのはきわめて例外的であり,そのため子どものパーソナリティ障害というタイトルは奇異な感をもって迎えられるのではないかという懸念があったからである.これには,子どもにパーソナリティ障害の診断をもっと積極的につけるべきと考えて本書の編集にあたったわけではないという思いも加わっている.

第二の理由はもう少し複雑である.それは発達障害,とりわけ広汎性発達障害(PDD)と注意欠如・多動性障害(ADHD)への社会的注目度の高さが際立っているという,現在も続くわが国固有の事情と関連している.

成人精神科医療の現場でも,まだまだ少ないとはいえ,以前とは比べようもないほど発達障害診断が行われるようになっている.そして今や,児童精神科医療においては受診患者の半数近くが発達障害であり,児童精神医学にかかわるある医学会の近年の発表演題の8割強が発達障害にかかわるものであるという状況なのである.児童精神医学はさながら発達障害医学とみえるくらいである.

もちろん,発達障害が注目されるにはそれなりの意味が存在しており,その一つとして,従来の精神医学がブラックボックスとしていた領域に,発達障害概念が光を当てた点にあることは異論のないところである.

しかし,児童精神科医や小児科医が敏感な(すなわち拡大解釈された)発達障害概念で拾い上げた子どもはそのすべてが,中等度以上の知的障害や典型的な自閉症の場合と同じように,生涯にわたって発達障害としての特別な支援を受け続けていくわけではない.それどころか,多くは子ども時代にADHD やアスペルガー障害などの診断と,そのための治療や支援を受けても,10 代のどこかで本人や家族が支援の必要性を感じなくなり,支援の場から消えていっている.発達障害とされた子どもの水流が青年期の年代で細くなり,しばしば砂漠に消える川のように見えなくなってしまうのである.

この子どもたちはどうなるのであろうか.本書は,青年期後半期から成人期にかけて問題として突然登場し拡大していくパーソナリティ障害が,この砂漠に消えた発達障害という水流の再湧出,すなわち発達障害の川の下流なのではないかという着想を提案している.もちろん,新たに湧き出したこの川は発達障害そのものの裔を単純に意味しているのではない.それは児童虐待をはじめとする発達障害以外の何本もの流れが湧出前の地下で合流してできた大河なのである.

成人側からパーソナリティ障害の源流に向けて遡行する観点は精神分析的な早期母子関係論以外にあまりなく,パーソナリティ障害については観念的な原因論が中心となっている.そうした状況に一石を投じる意味で,本書では発達障害もまた成人のパーソナリティ障害の重要な構成要素である可能性を示唆した.

本巻のタイトルを選択した第三の理由は,人格とは通常の人格から発し,その形成異常としてのパーソナリティ障害に至る広大なスペクトラムを形成しており,脳と心という心身にわたる総合体の特性と機能水準を規定している概念であるということそのものにある.

人格とは人間の生の諸相に影響を与え,そこでの生活の質を決定する主要因である.子どもは人格発達の途上にあり,完成した人格に到達していないとはいえ,その発達段階に固有の生活との相互作用にはこの人格が主体となってかかわっている.この生活と人格の,互いに働きかけ,互いを変化・修正させあう関係こそが相互作用というものであり,それによって人格は不断に形作られ,この人格をパートナーとして生活は不断に展開する.

人格の発達とはそのようなダイナミックな経過であり,成人に達してからの「完成した」とされる人格も幼い年代から展開してきた生活と人格のこの相互作用を抜きにはありえないのである.だから,人格とはある年代のある時に完成するものではなく,人生を通じて個々の時点ごとに固有の完成した人格が存在しており,それが次の人格のための素材として生活との相互作用の場に自らを提供するのだと本書ではとらえておきたい.パーソナリティ障害はそのような経過の悪循環的展開の一例にすぎないのである.本書では子どもの心の問題にかかわる際に,大きく人格の関与する子ども全体を対象とし,精神障害もまた子どもの人格が抱えることになった特性の一つと考えることが意義深いということを提案したい.

本書は以上のような意味を込めて人格を主題に据え,パーソナリティ障害を視野に入れつつ,人格形成の諸側面・諸要因についてその領域の専門家に解説を依頼した.

読者,とりわけ子どもの心の問題にかかわる読者が,子どもを総合的にとらえようとする際の切り口としての「人格発達」という文脈に関心をもっていただけたら,編者としてこれに勝る喜びはない.


2011年 7月

編者 齊藤 万比古

目次

I.子どもの人格発達の障害とは何か

子どもの人格発達の障害とは何か

1.人格とパーソナリティ障害

2.境界児童について
早期母子関係障害としての境界児童論/境界児童論の発達障害概念への接近

3.子どもの人格発達を理解するために
子どもの「人格構造」について/早期の人格形成―アタッチメントを中心に

4.子どものパーソナリティ障害とは何か-DSM-IV-TRの記述を中心に

II.人格発達の決定要因について

1.パーソナリティ形成における性差

1.性別の生物学

2.ジェンダーの概念

3.ジェンダーに対する生物学的な影響

4.認知発達的な視点

5.社会的学習理論の視点

6.精神分析的発達論の視点
女児の発達/男児の発達

2.早期母子関係と子どもの人格発達

1.母親の子育てへの準備
妊娠初期/妊娠中期/妊娠後期/妊娠中の母体の心理社会的困難

2.乳児期の母子関係

3.幼児期の発達と母子関係

4.乳幼児期の母子関係の不調和

3.人格発達の阻害要因としての虐待亀岡智美

1.虐待による感情面への影響

2.虐待による認知面への影響

3.虐待による行動面への影響
さまざまな感情と関連する行動/モデリング/トラウマ性の絆

4.虐待によって引き起こされるさまざまな病態
心的外傷後ストレス障害(PTSD)/解離性(転換性)障害/その他の病態

5.見立ての困難さによる影響

6.虐待というトラウマへの治療
トラウマ焦点化認知行動療法(TF ―CBT)/一般診療において実践できること

4.養育環境と人格発達の可塑性-生物学的観点から

1.行動学的研究からみた母子分離によるストレス脆弱性について

2.母子分離(NI)によるストレス脆弱性形成の行動学的メカニズム

3.行動学的研究からみた豊かな環境(EE)の修復効果について

4.不遇な養育環境のもたらすストレス脆弱性や豊かな環境による修復効果の脳内分子メカニズムについて

5.子どもの心的外傷と人格の発達

1.児童期の心的外傷が脳に与える影響
概論―発達心的外傷学/脳の各部位への影響/人格に影響を与えると推測される大まかな脳機能の力動/心的外傷の時期と長さ

2.児童期の心的外傷が人格に与える影響―臨床的研究:被虐待を中心に
De Bellisの“Developmental traumatology(臨床病理版)”/境界性パーソナリティ障害(BPD)との関連/DESNOSへ至る経緯

3.脳への影響と臨床的所見のまとめ

4.心的外傷―アタッチメント問題

5.本項の限界と今後の課題

6.発達の臨界点としての思春期・青年期

1.子どもから成人へのパーソナリティの発達

2.思春期・青年期の臨界点と固着・退行
固着とは/退行とは/思春期のさまざまな精神・行動症状の発生

3.正常発達における臨界点
対象の発見・再発見への準備/自体愛から自己愛,そして対象愛へ/思春期・青年期の正常発達の臨界点

7.発達障害児の人格発達の可能性と限界

1.パーソナリティの概念

2.パーソナリティの形成と発達障害
間主観性/母(養育者)―乳児相互作用の基本的モデル/分離―個体化過程/アタッチメントの発達/虐待やいじめなどの環境要因

3.発達障害とパーソナリティ障害
広汎性発達障害とパーソナリティ障害/注意欠如・多動性障害(ADHD)とパーソナリティ障害

4.発達障害とパーソナリティ障害の生物学的共通性
Cloningerのモデル/脳構造学的・機能的視点/精神生理学的視点

5.予防と治療
乳幼児期の関係性の改善/発達障害の治療・教育/発達障害にパーソナリティ障害が併存した場合の治療

III.子どもの人格形成上の諸問題

1.子どもの回避性・依存性の展開と人格形成-登校拒否との関連から

1.回避性パーソナリティ障害,依存性パーソナリティ障害の診断基準

2.思春期の事例から

3.思春期の登校拒否
登校拒否をとりまく病態/登校拒否とパーソナリティ/登校拒否の子どもの両親/登校拒否の発症状況/治療的介入について

4.大学生の登校拒否

2.子どもの強迫性の展開と人格形成

1.強迫症状
診断基準にみる強迫症状/子どもの強迫症状の広がり/強迫症状と近縁の症状

2.子どもの強迫性障害(OCD)
疫学的所見/臨床特徴/生物学的機制/心理社会的機制

3.強迫性パーソナリティ障害(OCPD)
診断基準/強迫性パーソナリティ障害(OCPD)と強迫性障害(OCD)/PDDとの関連/一般青年での強迫パーソナリティ傾向/発症機制/治療への示唆

3.子どもの自己愛の発達とパーソナリティ障害

1.自己愛とは何か
ナルシシズムという概念/自己愛という概念

2.自己愛の発達

3.自己愛の発達とパーソナリティ形成

4.自己愛性パーソナリティ障害について

4.子どものスキゾイド人格と失調型人格の展開

1.子どものスキゾイド人格と失調型人格の概念と歴史
子どものスキゾイド人格と失調型人格/スキゾイドパーソナリティ障害と失調型パーソナリティ障害/文献的展望

2.症例

3.子どものスキゾイド人格と失調型人格の展開
子どものスキゾイドパーソナリティ障害と失調型パーソナリティ障害の診断的位置づけ/子どものスキゾイドパーソナリティ障害と失調型パーソナリティ障害への結晶化

4.子どものスキゾイドパーソナリティ障害と失調型パーソナリティ障害への治療的介入
薬物療法/心理社会的治療

5.思春期の自傷と境界性パーソナリティ障害

1.思春期の自傷
自傷行為について/自傷行為の方法/意識と無意識/希死念慮の有無/自傷行為の重篤性について/思春期における自傷行為の背景について

2.境界性パーソナリティ障害と自傷行為
DSM-IV-TRにおける診断基準/診断基準と自傷行為との関連について/境界性パーソナリティ障害の病因論と自傷行為の関連について

3.自傷行為を伴う境界性パーソナリティ障害と発達障害との関連について

4.自傷行為に対する治療的介入について
通院治療/入院治療/個人精神療法/集団療法/家族援助/救急医療/薬物療法/マネジメント/社会療法(デイケア,ネットワークを含む)

5.自傷行為に焦点を当てた境界性パーソナリティ障害の治療に際して

おわりに

6.外在化障害の展開と人格発達

1.外在化と内在化

2.症例

3.外在化障害の疫学

4.攻撃性の発達

5.外在化障害を発現させる諸要因
生物学的要因/心理学的要因/環境・社会要因

6.外在化への結晶化に関する包括的モデル
脆弱性―レジリアンスモデル/反社会的行動の発展経路モデル/反社会的傾向モデル/ODDからCDに至るモデル

7.ODD,CDの転帰

8.外在化障害への治療介入の考え方
反抗挑戦性障害(ODD)/素行障害(CD)/反社会性パーソナリティ障害(ASPD)

IV.人格発達の問題の治療・支援の考え方

1.人格発達を織り込んだ児童精神科治療

1.児童・思春期のパーソナリティ障害の「見立て」と「マネジメント」をめぐって

2.症例
症例 Aのまとめ/症例 Bのまとめ

3.パーソナリティ発達を織り込んだ児童精神科における治療をめぐって

2.パーソナリティ障害の治療-「重ね着症候群」概念の意義

1.パーソナリティ障害の力動的発達診断
診断面接の時間・空間的構造/力動的発達診断に必要な基本的情報/患者像の構成と治療指針/病理的組織化

2.重ね着症候群の鑑別診断
重ね着症候群の定義/パーソナリティ障害と重ね着症候群発見の経緯/重ね着症候群の診断プロセス(発達障害診断)/治療の選択

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書籍情報

  • ISBN:9784521731506
  • ページ数:300頁
  • 書籍発行日:2011年9月
  • 電子版発売日:2014年8月22日
  • 判:A5判
  • 種別:eBook版 → 詳細はこちら
  • 同時利用可能端末数:3

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