序

ある地域の調査研究からの推計によると我が国における心不全患者数は現在約100 万人であり，総人口が減少しているにもかかわらず2035 年までは増え続け，少なくとも132万人に達すると推定されている．55 歳以上の3 人に1 人は心不全になるとも言われており，心不全患者数や死亡者数の増加は，今や世界中で大きな問題になっている．この心不全を理解するには，まずは心不全の本質を「識る」ことが重要である．しかし心不全はあらゆる循環器疾患の終末像であることから，発症原因はさまざまであり，その理解は決して容易ではない．そこで本書においては，まず心不全の病態の本質を把握していただくために，基礎研究・臨床研究の最新の成果を示した．

循環器疾患は一般に臨床所見が明瞭であることが多く，心不全も例外ではない．身体所見，血液検査，心電図や画像検査など，特異的なものを含めて，いずれも高率に異常所見が認められる．したがって，まずは正確に「診る」ことが重要であるが，単一の異常所見だけで診断できることは少なく，多くの結果を総合的に判断する必要がある．

心不全ほど，診断学や諸検査，臨床研究の結果から治療法が大きな変遷を経てきた疾患はない．心不全は当初，肺水腫や下腿浮腫などの身体所見から水分貯留疾患という概念で捉えられ，利尿薬による治療が始まった．その後，心エコーやカテーテル検査によって，その原因が心臓の収縮機能低下にあることが判明し，ジギタリスやカテコラミンなどの強心薬により「治す」ことができると考えられた．しかし強心薬による治療は一時的に心臓の収縮機能を改善するものの，生命予後をむしろ悪化させた．さらにその後，心機能低下に対して代償的に活性化する交感神経やレニン－アンジオテンシン系を抑制することより予後が改善するといった大規模臨床試験の結果が出されて，治療法のパラダイムシフトが起こった．心不全の治療法は，急性期・慢性期とも病態やステージによって確定しているのでシステマティックに覚えることが肝要である．

本書は，心不全の基礎，診断，治療について，「識る・診る・治す」といった縦串と，さまざまな種類の心不全とその治療法といった横串からなる．通読しても，またどこから読んでもわかりやすく，深い理解が得られるように工夫されている．Expert Advice やCurrent Topics は技量向上につながる．多忙な合間にこれらの力作をご執筆くださった全国のエキスパートの先生方に，この場を借りて篤く御礼申し上げる．

現在すでに大きな問題になっており，超高齢化を迎える我が国において今後益々重要となる心不全について，専門医としての知識を効率よく身につけていただく一助になれば，本書を編集したものとして幸甚である．

2018年 3月

「心不全」専門編集
小室 一成