序文

生殖生理は産科婦人科を理解する基本である．これは臨床医学を学ぶ前に基礎医学を学ぶことに似ている．正常な女性の生殖機能ならびにこれらに関連して全身で生じる生理的現象の理解なくして，産科婦人科の各種疾患の病態を理解することは不可能である．この意味で本巻がScience and Practice《産科婦人科臨床》シリーズの第1 巻として発刊されることは，次巻以降の理解を深めるのに時宜を得たものといえる．

さて，生殖生理には2 つの大きな時間軸が存在する．一つは個体としての女性の一生という軸と，もう一つは生殖細胞が配偶子を経て個体として発生するジェネレーションをつなぐ軸である．いずれもダイナミックな変化のなかに本質を見出すことができる．女性の一生の観点からみると，妊娠・出産に向けて準備された身体が，生物としてその役割を終えると，加齢により終末へと向かう．このなかで，人生100 年時代といわれる現代においては閉経後の心身の変化を理解することも重要である．発生という観点からみると，生殖細胞の分化に始まる精緻かつ巧妙なヒト発生の仕組みを理解する必要がある．時間軸に沿った動的な変化は女性の体内で起こる空間的なダイナミズムと大きく関係している．空間的にとらえると，内分泌系は生殖生理において最も重要な働きを担うといっても過言ではない．特に，視床下部・下垂体・卵巣系の内分泌制御はリプロダクションの根幹をなしている．この内分泌制御が全身における多様な生理活性物質により影響を受けるとともに，卵巣由来のホルモンが全身に影響を与えていることを理解することにより，個体の一生と種族の維持という現象を統合的に把握することが期待される．

本書ではこのような複雑な生殖生理を理路整然と構成的に学べるように配慮されている．まず，視床下部・下垂体・卵巣系を形態と機能の両面から解説し，ついで，生殖に関連する各種ホルモンを解説した．その後に，卵巣，子宮，配偶子，着床，性分化とリプロダクションに重要な項目を記載した．最後に，女性の一生の観点から思春期と閉経について解説している．すべての項において最新の科学的知見が盛り込まれており，かつ初学者にもわかりやすい記述となっている．日々の診療で疾患病態の理解に苦しむ場合にも本書に立ち返って生殖生理を理解しなおすことで道が開かれることも多々あると考える．ぜひ生殖生理から始まる産科婦人科の妙味を識っていただきたい．

2019年3月

専門編集　大須賀　穣
東京大学大学院医学系研究科産婦人科学講座教授