特集
医原性病変の病理－診断医が知っておきたい組織所見－

特集編集
牛久哲男 ［東京大学大学院医学系研究科 人体病理学・病理診断学分野］
全　　陽 ［King’s College Hospital & King’s College London］

医療の世界では常に新しい治療方法が開発・導入される．これに伴い新たな医原性疾患が出現し，また様々な医療行為により病理組織像が修飾を受ける．このため，病理医は主な治療法や原理について概要を把握し，関連する病理組織像について理解しておくことが求められ，このことは病理診断や病理学研究を行う上で重要となる．しかしながら，教科書等での疾患解説ではどうしてもtreatment︲naïve な病変の解説が中心となるため，病理医が知っておくべき医原性病変についてまとめて整理しておく必要があると考え，今回の特集を企画した．

近年，様々な分子標的薬や医療機器の開発が著しく，移植医療も拡大・進歩し，以前と比べて医療行為が多種多様化している．これに伴い，例えば免疫チェックポイント阻害薬投与による免疫関連副作用（irAE）のようなこれまでになかった医原性疾患や組織変化を目にするようになり，時に病理診断に際して重大なpitfall に陥る危険が潜んでいる．また医療行為に伴う組織変化であることを知らなかったがゆえに，診断に悩んだり，調べるのに時間を要したり，あるいは免疫染色を追加して無駄になってしまったりした経験のある先生方も少なくないと思われる．

特に，irAE の正確な診断，病態の理解は今後のがん診療でますます重要になると想像される．人為的な免疫応答の制御によりどういった病態が各臓器に生じるのか初期の報告が揃ったが，稀な組織像や慢性化した際の形態変化については不明な点が多く残されている．既知の（自己）免疫関連疾患とirAE との鑑別は臨床的に重要なだけでなく，病態の類似点や差異を解析することは，原因不明の免疫関連疾患の病態理解にもつながると期待される．

本特集では，病理診断医が知っておくべき医原性病変について各分野を専門とする経験豊富な先生方に執筆をお願いした．臨床的に重要な医原性疾患を中心に，また臨床的意義は乏しくても病理診断上pitfall になるような，医療行為で誘発される組織変化についても取り上げていただいた．今回は心血管系，中枢神経系，骨軟部領域や内分泌臓器などの重要臓器について誌面の都合で網羅できなかった点はご容赦いただきたい．実践的で病理診断医に役立つ特集となることを期待したい．