医療用麻薬物語―職人技としてのがん疼痛治療―

  • ページ数 : 189頁
  • 書籍発行日 : 2021年9月
  • 電子版発売日 : 2021年9月17日
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商品情報

内容

これは、半世紀にわたって、がん疼痛と向き合ってきた医師による、医療用麻薬の物語であり、歴史書であり、最新の実践書である

半世紀にわたってがん疼痛に向き合ってきた医師が語る,医療用麻薬の本質.著者がモルヒネの恩恵を実感したきっかけは「たった1粒のモルヒネ(錠)ではなく,たった数滴のモルヒネ注射液」だった.実体験に裏付けされた,著者の痛み治療の歩みから見えてくる医療用麻薬の有用性と限界.医師,看護師,薬剤師,患者家族と関わる保健師,介護士など,患者の痛みに対峙する全ての人にとって実になる,新しい形の実践書だ.

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序文

はじめに


2015年,トヨタ自動車の元役員が国際宅配便の小包にオキシコドン(oxycodone)を入れて逮捕された事件が報じられました.これについて,当の元役員の説明として「米国ではオキシコドンは鎮痛薬として普通に使用されているので,“麻薬”という意識が少ないが,日本では麻薬に対して厳しい規制があるので,(入手が難しいと考えて)送ってもらった」というような趣旨の発言が報じられました.

それから間もなくオキシコドンを開発した米国のパーデュー・ファーマ(Purdue Pharma)社の破産申請のニュースが流れ,その理由が医療用麻薬のオキシコドンの依存性についての十分な説明がなかったことに対する補償金問題だとも報じられました.

その影響もあってのことなのか,米国の疼痛学会が2019年6月に突然解散したというニュースも入ってきました.

米中貿易摩擦の首脳会談の重要話題に1つとして中国からメキシコを介して米国に入ってくるフェンタニル(fentanyl)の規制が話し合われ,とりあえず合意に達したということにも驚かされました

しかも,いわゆる闇ルートではなく,医者によって処方された「医療用麻薬」が供給源になっている可能性が高いことも報じられました.

日本と米国では事情が違うし,制度も異なるので危惧するには及ばないという論調の文章もいくつか読みました.しかし,今の方々にはピンと来ないでしょうが,我々の世代(団塊の世代より少しだけ高齢者)は「アメリカがクシャミをすると,日本は風邪をひく」といわれて育ちました.案の定,厚生労働省から2018年3月に「医療用麻薬の乱用防止製剤について」の通達が出されました.

筆者は2020年6月でちょうど医者として50年を迎えました.研修医制度がなかった時代でしたから,麻酔科に直接入局して,手術関連の痛みからペインクリニック(pain-clinic),さらにがんに伴う痛みから緩和医療と半世紀にわたり痛みの治療に携わってきました.

WHOがん疼痛治療によるオピオイド(opioid)の普及とともに,医療者の不適切使用などとは無関係と思われた麻酔薬のケタラール(Ketalar=ketamine)の麻薬指定やモルヒネによる眠気対策としてのリタリン(Ritalin=methylphenidate)の使用が不可能になった経験もしました.その間に得たオピオイドへの知見を一言で象徴的にいうならば「たった1粒のモルヒネ(morphine)なれど……,正確な知識に裏付けられた手間・暇を費やせばがん疼痛(がん患者の痛みではない)の治療を可能にしてくれた最初の薬である」ということです.

しかし,我々の世代の医者(緩和医療のシーラカンスとか三葉虫と呼ぶ若い方々もいるようですが)がたった1粒(1アンプル=ample)のモルヒネの効果に感激すらした,あのありがたさは徐々に忘れ去られていくように感じています.それは取りも直さず,本邦でも,無意識の(あるいは悪気のない)「医療用麻薬の不適切使用」につながりかねないと感じて筆を執ることにしました.

いわゆる痛みの治療の教科書ではなく,医療従事者,とりわけ看護師や薬剤師の方々に改めて「麻薬の恩恵と注意点」を整理しなおしていただくための参考資料です.というのは国立がん研究センター中央病院緩和医療科の石木寛人先生はWHOガイドライン2018版を特集した『緩和ケア』誌中の「がん患者に対する鎮痛治療の原則」の3番目として「患者,介護者,医療従事者,地域社会,社会の安全にも目を向ける」という一項目を設けて,家庭内に麻薬があると子供や若者あるいはほかの家族がそれを意図せず過剰摂取してしまう危険性がある.オピオイド鎮痛薬は家庭レベルでも安全かつ厳重に保管しなければならないと述べています.

しかしながら,患者さんの自宅にお伺いすると,必ずしも家庭レベルでも安全かつ厳重に保管されているとはいいがたい状況を目にすることもあります.

患者さんの家庭に伺う機会の多い看護師さんや保健師さん,あるいは介護士さん,さらにこの件ではより重要な役割を担う薬剤師さんに,筆者らが歩んできた道のりを知ることによって,「麻薬の恩恵と安全使用上の注意点」を再認識してもらうための物語的資料を目指しました.

そこで注意したことが片仮名語です.実は2013年にNHKが「ニュース番組で話される外来語や画面に表示される片仮名語がわからない」という理由で,名古屋在住の方から440万円の賠償請求で訴えられたことがありました.すると,それに呼応するかのようにある看護大学の教員から「看護学生の教科書はもっとひどい! 片仮名語だらけだ.しかも原語の綴りも書けない.そんな片仮名語は無国籍語で,外国人看護希望者の国家試験不合格の一要因でもある」というような趣旨の投書が寄せられました.確かに英語圏では“TV”は通じても“テレビ”は通じません.これがきっかけかどうかは知りませんが,それから間もなく看護師の国家試験の片仮名語には英語が併記されるようになったと記憶しています.そこで,本書でも片仮名語や略語には英語をカッコ書きで併記するように心がけました(繰り返し出てくる単語は,初回のみ併記で以後は片仮名表示にしました).

もう1つ気になっている点は,出典文献などが不明な事項があることです.その理由ですが,東日本大震災の時に自宅の本箱が倒れ,足の踏み場もないほどに本や書類そしてフィルムスライド(film-slide)が散乱しました.いずれ片付けるつもりでいたのですが,もう大学も退職していましたし,これらの資料も使うことはないだろうと思ったのと,散らかった書類と散乱した本の山を見るたびに出るのは溜息ばかりで,このままの状態では前に進めないと感じて,お盆休みに,一気に廃棄してしまったからです.

しかし,今になり,こうして文章を書くとなると大事なものに限って捨ててしまったように思われてなりません.そんなわけで,出典が確認できなかった事項や,筆者の記憶に頼る記述に関しては,本文から外して《Reference》《Notes》《Noise》などとして記載したので,ご容赦いただければ幸いです.


2021年7月

COVID-19によるstay homeの自宅にて
山室 誠

目次

第I章 麻薬嫌忌期

■がん疼痛患者との出会い

■1970年代のがん患者の痛み

■当時のがん疼痛への対応

1)なぜ麻薬ががん疼痛の鎮痛薬として使用されなかったのか

2)ではどうして鎮痛薬としてモルヒネが使用されなくなったのか(麻薬の使用制限への流れ)

【Notes】筆者が医療現場で感じていたこと

【Reference】なぜモルヒネが安楽死の薬と思われているのか

3)当時は,病院でも麻薬は一切使用されていなかったのか

【Notes】ペチジンとメサドンはどっちが古い?

4)麻薬中毒を起こさない強力な鎮痛薬の開発

【Reference】ペン中・ソセ中

■がん疼痛患者への麻酔科のペインクリニックでの対応

1)硬膜外ブロック

【Notes】硬膜外ブロックの鎮痛効果の素晴らしさ

2)病室での硬膜外ブロックは無効だった

3)除痛期間延長のための神経ブロックへの移行

【Reference】神経破壊薬による神経ブロック

4)薬剤による対応は鎮痛ではなく麻酔だった?

第II章 モルヒネ治療準備期

■術後鎮静法―くも膜下あるいは硬膜外モルヒネ注入法

1)オピオイド受容体(opioid receptor)と内因性モルヒネの発見

【Notes】オピエート(opiate)とオピオイドの違い

【Notes】逆ルートでの発見

2)くも膜下モルヒネ注入法

【Notes】日本におけるくも膜下モルヒネ投与の始まり

3)硬膜外モルヒネ注入法

【Notes】昭和天皇の麻酔

4)術後疼痛管理の硬膜外モルヒネ注入法は麻酔科医によるがん疼痛治療の基礎固め

【Notes】神様・仏様・モルヒネ様

■ブロンプトン・カクテル(Brompton cocktail)

【Reference】ブロンプトン・カクテルの歴史

【Notes】アヘンmixture

1)日本におけるブロンプトン・カクテルの評価

2)本邦でブロンプトン・カクテルが普及しなかった理由の考察

【Notes】麻薬指導・管理の障壁(宮城県の場合)

【Memories】筆者が体験した麻薬のトラブル(trouble)

【Notices】筆者の不始末でご迷惑をおかけしました

■がん疼痛治療法に“黒船”がもたらしたもの

1)WHO のがん疼痛救済プログラム

【Notes】外科的除痛法の評価

2)WHO がん疼痛治療暫定指針

【Notices】痛みの強さと鎮痛薬の強さを合致させる

【Memories】空港でのすごい出迎え

3)日本での広報(日本ペインクリニック学会での報告)

【Notes】武田文和先生の不安

4)麻薬規制の緩和

【Notes】麻薬と覚せい剤と大麻

【Notes】不正使用で使用できなくなった薬剤

【Notes】オピオイドの中止方法が追加される

【Notes】時代は変わる⇒医療者も変わらないと

第III章 WHO方式によるがん疼痛治療黎明期

■WHO方式によるがん疼痛治療の開始

1)WHO方式によるがん疼痛治療指針の5原則

2)WHO方式によるがん疼痛治療法の実施説明

【Notes】段階的使用法は削除されたがリン酸コデインの必要性は残る

【Notes】疼痛時頓用薬の常備

【Notices】レスキューと疼痛時頓用は同じ意味なのか

【Notices】抗がん剤も「藪医者方式」→多剤乱発

【Notes】モルヒネに対する不安解消と慎重投与

■モルヒネ徐放薬(MSコンチン錠)

1)MSコンチン徐放薬の特徴

2)使用にあたっての注意事項

3)MSコンチンの発売

【Rumor】「昔ばなし」風MSコンチン発売の逸話

【Notes】『コンチン教』

■モルヒネの持続静注法

【Notes】モルヒネ大量投与時の想い出

1)なぜこんなに大量のモルヒネを使用しても呼吸抑制が起こらないのか,そして鎮痛できないのか

【Notes】酒と盃の仮説と「痛みによるドパミン(dopamine)の遊離抑制」

【Reference】ドパミン(dopamine)= “happy hormone”

2)「医療用麻薬」といわれる理由

■モルヒネの持続皮下注法

【Notes】高濃度モルヒネ溶液の発売

【Memories】携帯型持続注入ポンプ

【Memories】バルーン型の持続注入器に充填されたモルヒネの扱い

【Reference】モルヒネに関する「得する知識」

【Reference】モルヒネの代謝に関する注意点

■オピオイド供給隆盛期

1)オキシコドン(oxycodone)

【Rumor】噂を信じちゃいけないよ!

【Memories】大腸がんの患者さんの感激の言葉

【Memories】オキシコドン注射液はオキファスト発売以前にもあった

【Notes】オキシコンチンTR錠の発売

2)フェンタニル(fentanyl)

【Noise】アヘン・ペルシャンタン・チャイナホワイト

【Notes】「耳なし芳一状態」

【Noise】「飲み薬でなく,バシッと効くように注射をしてください」

【Noise】「自分で入れた坐薬の方が早く効くから,自分で挿入するよ」

第IV章 オピオイド普及期

■がん疼痛へのオピオイドのnormalizationと格差の拡大

■医師・施設によってがん疼痛治療の技量はバラバラ

【Notices】立場の逆転

1)よい薬も発売されたし,がん疼痛治療法は簡単になった

【Reference】オピオイドスイッチング

【Notes】「オキシコンチンやフェンタニルは怖くないが,モルヒネは嫌です」

【Noise】麻酔薬のエーテルと同じ道?

2)リハビリは患者が努力,除痛は医者が努力

3)「最近のがん終末期の患者さんは静かになったのー」(悪気なき過剰投与)

4)日本語は痛みの表現には不向き

【Reference】英語での痛みの表現の例

【Reference】中国語での痛みの表現の例

5)「痛み」と「痛み刺激」は違う

【Noise】痛みを表現する仙台弁

6)痛みの解剖生理学

【Reference】脳での痛みの認知

■痛みの診断―この痛みに鎮痛薬は効くのか? とりあえずのオピオイド使用は正しいのか?

【Reference】PEACEプロジェクト

1)がん患者の痛み≠がん疼痛

2)鎮痛薬以外の薬が著効を示す痛みも多い

【Reference】鎮痛薬以外の薬が著効を示す疾患

【Reference】痛みの問診で尋ねること(診療情報としても必要な事項)

【Notes】「福島の酒」の風評被害からの復興

【Notes】フェンタニルよ,お前もか!

【Notices】オピオイド版薬剤負荷試験(opioid version DCT)の重要性の再確認

【Notes】「お試し・効果確認投与」が緩慢とは限らない(緊急時のmorphine version DCT)

3)痛みの治療における疼痛時頓用薬(頓服)という概念の再構築

【Reference】「頓服(頓用)」について

【Notes】「疼痛時頓用薬=レスキュー薬」と考えているあなたは変わらなければならない

4)“レスキュー薬”の効果確認は診断も兼ねる医療行為

5)超短時間型オピオイド(ROO: rapid onset opioid)の発売を促した突出痛

【Notes】薬を届けた時には「もう痛くないよ」

【Notices】患者さんは薬剤師としても優秀です

【Noise】せっかく「超短時間性」がうたい文句なのに

【BREAK TIME】突出痛があるなら突凹痛(緩解期)もある?

【Reference】「突凹痛(??)」への回答

■いつも静かにうとうとしている(傾眠)っていいことなの?

1)傾眠はがん疼痛治療の宿敵! 痛みの治療には患者さんの明晰な判断力と意思表出能力が必須

【Reference】信用できない言葉と痛みを和らげる仕草

2)オピオイドが関与している可能性が考えられる傾眠

  「鎮静補助薬」についての不満

【Noise】「しびれ」も地方でいろいろ

【Noise】帯状疱疹の治療法と帯状疱疹後神経痛の治療法

■「藪医者方式」が作り出した「多罪乱発」

1)がん治療も痛みの治療も「藪医者方式」

2)前医からの継続で詳細は不明

■「呼吸苦」の緩和にモルヒネ

■【BREAK TIME】呼吸とモルヒネで一席

1)呼吸調節における二重支配の利用

2)呼吸困難感へのモルヒネ水の吸入療法

【Notices】やっとがんで死ねる国になりました

■オピオイドの過量投与による呼吸抑制

1)オピオイドによる呼吸抑制への対応

2)筆者らが推奨する対応法

第V章 オピオイド鎮痛法の再検討期

■新しいオピオイド製剤

【Memories】「もう神経ブロックなんて要らなくなるんでしょうね」

【Notes】Tamper resistant

【Notes】昭和の麻酔科医には懐かしい「クリスピン・コーワ」注射液

■がん患者の死亡1 週間前の痛みはひどい(オピオイドの限界か?)

1)他に鎮痛手段がないという判断

【Notices】「がん疼痛治療科」の独立とその動機

【Memories】40年前と同じじゃないの

2)がん患者の痛みの状況の変化に対応した痛みの治療が必要

【Notes】20%のgroupに入る痛み

3)新しい化学療法

【Reference】決死の覚悟で「免疫チェックポイント阻害薬」を使っている

【BREAK TIME】消滅した「意識下麻酔法」が緩和医療に復活

【Notes】とどめを刺して下さってありがとう

■「眠気なき無痛終末期」実現のための提案

1)神経ブロック

【Reference】オピオイドによる便秘の治療にも有効

【Memories】イメージが悪いから?

【Reference】肛門部痛への治療と診断の工夫

2)脊髄鎮痛法(spinal analgesia)

【Notes】絶妙な取り合わせ

【Reference】くも膜下脊髄鎮痛法と硬膜外脊髄鎮痛法の違いについて

【Notes】CADDのポンプのカセットの意味すること

【Notes】傾眠を避けるために麻酔科医自らが選んだ鎮痛法とは?

【Notes】大腿骨骨折のある患者の透視台への移乗は「そ〜っと」

【Notes】オピオイドの用量は〜mg,流量は〜ccで

【Reference】抗凝固薬使用中の患者さんへの侵襲的鎮痛法の問題点

【Notes】医者は疎いけど

【BREAK TIME】“直線の終点”から“円周上の点”に

3)放射線療法

4)「手当て」(筋筋膜性疼痛の診断とその対応)

【Notices】自分で何とかしようとする患者さん(患者さんは痛みの玄人)

【Reference】急性痛に対する指圧の除痛効果

【BREAK TIME】ここが変だぞ「BSC」―解釈次第では賠償金請求の動機にも

【Notes】「引っ張り治療」「ゴムパッチン現象」

第VI章 これからの期待と不安

■下腹部痛,腰・下肢痛,上肢痛に対するメサドンへの期待

■オピオイドに起因する傾眠の薬の開発を!

■医療用麻薬を「gate way drugs(入門薬)」にしないために

【Reference】日本じゃどうなの,オピオイド危機(opioid crisis)

【Notes】フィードバックなき終末期医療

【Reference】鎮静は命を縮めるか

■2015年の「痛みが原因の安楽死」

【BREAK TIME】「痛みが取れると困るんです」

【Memories】「刺し屋」と「聴き屋・語り屋」

第VII章 モルヒネでは安楽死はできない

■「自然の死期」を共通言語として設定した時の言葉の定義

■「安楽死」は安楽な死に方か?

■「自然死」に対する考え方

■医療用麻薬は安楽死の薬剤ではない


医療用麻薬一覧表

トラマドール一覧表

医療用麻薬年表


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書籍情報

  • ISBN:9784498117167
  • ページ数:189頁
  • 書籍発行日:2021年9月
  • 電子版発売日:2021年9月17日
  • 判:A5判
  • 種別:eBook版 → 詳細はこちら
  • 同時利用可能端末数:3

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