序

2012 年にゲノム解析関連技術の国際会議， ゲノム生物学＆ テクノロジー会議（Advances in Genome Biology and Technology：AGBT）で初めてMinION シークエンサーが発表されたときの衝撃を，昨日のことのように覚えている．デスクトップとよぶには巨大すぎるシークエンサーが当たり前だった時代に，手のひらに載り，USB 給電で動く$1,000 のシークエンサーは，タイムマシンから降り立つ未来人を目の当たりにする気分だった．当時「NGS 現場の会」の懇親会で，研究者仲間達とこの夢のようなシークエンサーについて展望を熱く交わし合ったものだ．

あれから10 年近くが経ち，ナノポアシークエンサーは今や研究に欠かせない必須ツールになった．それでも，バクテリアゲノムに相当する長さのリードを読めたり，RNA を直接シークエンスできたり，タイムマシンはその後も何度かやってきて，僕らの前に驚きを魅せてくれた．

2018 年に羊土社からお声がけいただき，実験医学でナノポアシークエンシングの特集を企画する機会に恵まれた．編者の1 人，荒川は2015 年のMinION 正式リリースの少し前からアーリーアクセスプログラムで使用を開始していて，2017 年にはLondon Calling（オックスフォード・ナノポアテクノロジーズ社主催の国際会議）で招待講演をさせていただいていた．本邦で比較的早く本技術を活用していた立場から，何よりこの興奮をより多くの人に共有したいという思いで当時のフロントランナー達と特集を組ませていただいたが，おかげさまでたいへんご好評いただけたと思う．一方で，ぜひともナノポアシークエンシングを使いたいけれど，実践的な教科書のようなものがないために，実際どう実験してデータ解析をしたらいいかわからない，という悩みをお聞きすることも増えた．そんなご縁から，今こそ技術的に成熟してきたナノポアシークエンシングを実践的に活用するためのガイドブックをつくれないか，ということで，2016 年よりオックスフォード・ナノポアテクノロジーズ社日本法人を立ち上げアジア太平洋地域でのナノポア技術の普及に尽力してきた編者の1 人，宮本と本書を企画させていただくに至った．多岐にわたるアプリケーションにおけるWET とDRY 双方のプロトコールを詳述することで，ナノポアシークエンスを皆様の研究に導入する一助になるとともに，応用的広がりに少しでもつながることができれば幸甚である．

最後に，コロナ禍で通常以上に多忙な中，ご執筆を快くお引き受けいただいた諸先生方，ならびに，企画から発行までの過程で多大なご尽力とアドバイスをいただいた羊土社編集部に，心よりお礼申し上げる．

2021年8月

荒川和晴，宮本真理