「人間の悩みは，すべて対人関係の悩みである」アドラー心理学を扱ったベストセラー『嫌われる勇気』（ダイヤモンド社）は，こう断言します．本書のテーマである信念対立も，「対人関係の悩み」の一つと言えます．確かに，医療や介護の現場で働く私たちにおいても，職場における良からぬ人間関係がストレス源の上位に挙がってくることは間違いありません．考えただけでも気が滅入ってしまう職場の人間関係に，今まさに心が折れそうな思いをしておられる方もいらっしゃるでしょう．職場における対人関係の問題で苦しい思いをした経験は誰にでもあるのではないでしょうか．

2017年に秋田で開かれた第41回日本死の臨床研究会年次大会の大会テーマは，「ケアする私を育む ～見て，感じて，考える～」でした．ケアの提供者である私たち自身のあり方に焦点が当てられたわけです．私たちは自分自身を使ってケアを提供するわけですから，これは本来とても重要なテーマだと思うのですが，最近になるまであまり十分には省みてこられなかった部分だったと思います．普遍的・客観的な側面を重視する科学としての医学は，ケアを提供する者のあり方などという科学の俎上に乗りにくい側面は半ば切り捨てて進歩発展してきた感があります．

本書は，私たちケアする側のあり方をテーマに据えたこの大会におけるセミナー講演『チーム内の信念対立にどう向き合うか？』を元に，書き下ろされました．私たちが働く医療・介護の現場では，医療やケアを提供するメンバー同士の間で，意見が衝突することが珍しくありません．職種，年齢，性別，性格，生育環境，人生経験などによって，それぞれが異なる人間観・人生観・死生観・医療観・ケア観・価値観を持っている以上，意見の相違や対立は必然的に起こってくる出来事です．そして，その対立は，時には非常に殺伐とした険悪な雰囲気をチーム内にもたらしたり，ケアの質の低下や不本意な離職の原因となったりもするのです．

異なる考えや感性を持つ者同士が一緒に仕事をする以上，異なる見解がぶつかり合うことは避けられません．見解の相違自体は，あって然るべきものです．お互いの相違があればこそ，より良い見解にたどり着けますし，私たち自身の成長やより良いケアの提供につながります．従って，避けるべきは，その相違が抜き差しならない対立にまで発展し，私たち自身に苦痛を与えたり，私たちのケアを受ける側の患者・利用者さんたちに不利益をもたらしたりすることです．そうならないために，この問題に関して私たちが学ぶべきことは，信念対立が生じる根本原因であり，信念対立に対する賢い対処の仕方です．

チームで働くことを余儀なくされている医療・介護現場で働く私たちが，より幸せに，かつ逞しく，喜びをもって働き続けることができるように，またそれを通して，より良いケアを提供できる私たちであり続けられるように，と願ってこの本は書かれました．本書が，教育や臨床の現場において，信念対立という荒海を巧みに乗り切る（あるいは避ける）一助となり，専門職として生きがいある人生を創り出すお役に立てることを心から祈っています．

2018年5月

ひじり在宅クリニック 院長

岡本拓也