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- ここが知りたい 理屈がわかる 抗凝固・抗血小板療法
商品情報
内容
循環器内科医である著者が“血栓症”の視点からEBM的な帰納的理論よりも演繹的論理を重視して書き下ろした書。
循環器内科医として知っておきたい血小板、凝固系、線溶系の基本理解と高血症薬、抗凝固薬の使い方が、研修医のクエスチョンに理屈で応える指導医との“対話”で学べます。
序文
序
筆者が,子供の頃,ドイツ語でカルテを書き,消毒した注射などを行う医師は知的エリートとして尊敬されていた.個別の診療行為は,長い勉強と経験の蓄積を要する複雑な知的行為と理解された.生命体の設計図となる遺伝子に関する情報も未知の時代であった.医師は生理学,解剖学などの知識に病理学,薬理学などの知識を加味して個別患者の病態を把握して,薬理的介入を行った.振り返れば,病態の理解は概念的,定性的であり,定量性は乏しかった.筆者は1980 年代に医師免許を取得して,診療に当たるようになった.自らの経験を振り返っても,医師の疾病,病態に関する理解は遺伝子の理解が進んだ現在に比較すれば未熟であった.
理解が未熟であることを自覚していたためか,筆者が臨床を始めた当時は,個別の患者の症状,身体所見,比較的簡易な臨床検査の結果の解釈に関する活発な議論が日常的に行われた.指導医,研修医,専修医のいずれもが病態の本質を理解していないので,議論には正解がない.「正解がない」ゆえに病棟における指導医と若手医師の議論には熱が入った.自分が若手医師であったときの,指導医との議論そのものが臨床医としての成長に必須の知的プロセスであった.現在も若手医師と指導医の個別症例に関する議論は活発ではあるが,EBM が普及したためか,人体の複雑性と未知性に対する畏れの気持ちが減弱しているように見える.「正解がない」という確信が共有させず,ともすれば各疾病の「診療ガイドライン」に正解があるかのような誤解を危惧している.
われわれの世代にも循環器内科領域の専門的な教科書がなかったわけではない.当時の洋書は驚くほど高かった.日本語の循環器内科の教科書,日本語訳された教科書を読んでもよくわからなかった.Gene Braunwald 先生の今にも残る名著は「必読」と言われたが10 万円近い価格と英語の壁が読書を阻んだ.当時の筆者の指導医の赤石誠先生(現東海大学医学部内科学系循環器内科学 教授)は,われわれ若手医師の目を盗んで一生懸命Braunwald の教科書を読んでいらした.教科書も生理学,病態生理学重視であった.教科書から学ぶのは「生理学事実」と「個別症例への推論の方法」であった.Braunwald先生の教科書であっても「正解」はどこにも記されていなかった.
1980 年代から,ランダム化比較試験の結果を個人の経験よりも重視するEvidence Based Medicine(EBM)の考え方が日本にも導入されるようになった.「個別」の症例に対する「最適」の治療介入法はわからない.遺伝子情報の一部はわかるが,「個別最適化治療」を演繹的に探索する論理すら構築できない.人体,疾病を演繹的に理解することができなくても,ランダム化比較試験を無限に繰り返せば「平均的症例」に対する「標準的医療」を帰納的に「科学的に」確立できるとの発想が広く普及した.EBM は,49 対51 でも,統計学的に有意な差があれば,51 を勝者としてその治療を100 名に行おうという発想である.無限に繰り返して始めて「平均的症例」に対する「標準的医療」に至る.勝者がすべてとるという論理は新薬開発メーカーのマーケット戦略に適していた.EBM は価値ある科学的方法ではあるが,ランダム化比較試験の結果に基づいて患者集団の治療方針を雑駁に決める方法に過ぎない.EBM の時代になって,個別症例の特性を徹底議論する場面が少なくなった.無限に繰り返してようやく正解にたどり着くEBM の論理を理解せず,少数のランダム化比較試験,そのメタ解析などを重視する「診療ガイドライン」に「正解」が記載されているような誤解も生んだ.
指導医が「ガイドラインにはどう書いてあった?」などと若手医師に質問するような議論は学問的対話ではない.「聖書」にすべて真実が書いてあるから,医学的疑問も過去の文献を精査して結論を探そうとした欧州の中世の暗黒時代の議論と同様にガイドラインに基づいた議論には創造性がない.現時点にて「標準治療」が確立されていない領域にて,「標準治療」を目指したランダム化比較試験を計画するのは知的作業である.個別のランダム化比較試験のエンドポイント,対象症例,除外基準,組み入れ基準などを議論して,「標準治療」が目の前の患者に当てはめられるか否かは知的議論と言える.多くのランダム化比較試験は国際共同試験として施行されているので,心血管病発症リスクの低い日本人に結果を適用することは困難である.
本書ではEBM 的な帰納的論理よりも演繹的論理を重視した.本書の「指導医」は発表されたランダム化比較試験に「真実がある」とは考えていない.研修医,専修医に可能な限り「リクツ(構成論的論理)」で応えようとしている.真実がどこにあるかはわからない.個別的経験を蓄積した「指導医」の発言には,個人的思い込みも多い.それでも,本書に示された研修医,専修医と指導医の対話には「学問」の萌芽がある.閉じた世界の診療ガイドラインを読んでも面白みがない.指導医との対話を研修医,専修医が十分に楽しんでいるのを読者も実感できると思う.福沢諭吉が「福翁自伝」に書いているように,若者は「困難だから面白い」と努力するものなのだ.難しい「リクツ」を考えて人体を理解し続けようとする診療医の姿勢を維持できれば医師は知的エリートであり続けることができると筆者は考える.
学問の出発点は「対話」と理解している.「対話」は一人ではできない.ソクラテスも,プラトンも,日本の学問を先導した江戸時代末期の緒方洪庵の適塾も,吉田松陰の松下村塾も対話を重視した.日本最初のノーベル賞受賞者湯川秀樹先生も,師匠の仁科芳雄博士との出会いと対話により大きく知的に成長したと書かれている.研修医,専修医などの若手医師には対話の相手としての指導医(メンター)が必須である.指導医は「正解」を知っている必要はない.対話の相手になればよいのだ.筆者は指導者に恵まれた.卒業直後からの指導者の半田俊之介先生は常に対話の相手をしてくれた.肯定も否定もしない独特の語り口から,筆者は「正解」がないことを学んだ.学位論文を指導してくれた赤石誠先生は非常な努力家であった.大量の知識を示しながら,それでも「正解」がないことを示した.学位取得後の研究を指導してくれた池田康夫先生は常に大きな絵を書いて,その絵の中における自分の小ささを示してくれた.留学中に指導してくれたRuggeri 博士は,von Willebrand 因子の専門家であったが,全くの素人の私を相手に4 年間も議論につきあってくれた.不器用な筆者でも20 年同じ領域の研究を続ければ,他の人とは異なる世界を描ける.筆者と同じ経験をした人はいないので,筆者の視点はバイアスされている.完全な正解がない世界では,バイアスされた見解にはそれなりの意味がある.
本書が若手医師と指導医の対話を啓発すれば幸いである.
2016 年8 月
東海大学医学部内科学系循環器内科学
後藤信哉
目次
第1章 抗凝固・抗血小板薬を使うための血小板と凝固系の基本理解
Section 1-1:血小板の基本理解
Section 1-2:凝固系の基本理解
Section 1-3:線溶系の基本理解
Take Home Message
血小板について,これだけは知っていてね
凝固系について,これだけは知っていてね
線溶系について,これだけは知っていてね
第2章 理屈がわかる抗血小板薬の使い方
Section 2-1:理屈がわかるアスピリンの使い方
Section 2-2:理屈がわかるクロピドグレルの使い方
1.クロピドグレル出現の経緯
2.クロピドグレルは良い薬?
3.クロピドグレルの作用メカニズム
4.クロピドグレル特許切れのインパクト
5.クロピドグレル,チクロピジンで起こる稀な合併症:血栓性血小板減少性紫斑病
Section 2-3:理屈がわかるクロピドグレル後継薬の使い方
1.クロピドグレルの後継薬(1):日本初のプラスグレル
2.クロピドグレルの後継薬(2):戦略的なチカグレロール
Take Home Message
アスピリンについて,これだけは知っていてね
クロピドグレルについて,これだけは知っていてね
クロピドグレル後継薬について,これだけは知っていてね
第3章 理屈がわかる抗凝固薬の使い方
Section 3-1:理屈がわかるワルファリンの使い方
1.ワルファリンとはどんな薬
2.ワルファリンの薬効モニタリング
3.ワルファリン使用時に気をつけること
4.ワルファリンが必ず必要な場合
Section 3-2:理屈がわかる新規経口抗凝固薬の使い方
1.新規経口抗凝固薬開発の経緯
2.薬剤となった新規経口抗凝固薬
3.新規経口抗凝固薬とワルファリン
4.新規経口凝固薬の薬効の中和法
Take Home Message
ワルファリンついて,これだけは知っていてね
新規経口抗凝固薬について,これだけは知っていてね
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書籍情報
- ISBN:9784498134287
- ページ数:144頁
- 書籍発行日:2016年9月
- 電子版発売日:2016年11月4日
- 判:A5判
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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