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- 実験医学増刊 Vol.37 No.20 シングルセルゲノミクス
商品情報
内容
序文
個体を分解して理解する シングルセルゲノミクス
2015 年に企画した実験医学1 月号「シングルセル生物学」では,シングルセル遺伝子発現解析でできる研究の基礎を紹介し,応用への可能性を示した.その後,急速に普及が進んだ状況に対応すべく,実験手法の解説を中心とした実験医学別冊「シングルセル解析プロトコール」(菅野純夫/ 編,2017 年)が刊行された.そして今回,医学・生物学のさまざまな研究で幅広く行われているシングルセルゲノミクスによるアプローチの実例を中心とした本書を企画することとなった.「シングルセル」というキーワードに基づく出版が2 年ごとになされていることからも,この分野への期待の大きさと,進歩や普及の速さを感じていただけると思う.Science 誌が,2018 年に最も革新的であった研究に与えるBreakthrough of the Year にシングルセル遺伝子発現解析による発生過程の再構築を選んだように,現在のシングルセル解析は,単に新しいゲノミクスの手法の1 つというだけでなく,医学・生物学に幅広く活用される方法論として確立してきている.この流れを受け,ヒトを構成するあらゆる細胞のシングルセルゲノミクスデータを取得することを目的とした国際コンソーシアムであるHuman Cell Atlas(HCA)が立ち上がった.また米国をはじめ,海外ではシングルセル解析を基盤とした創薬ベンチャーの設立も続いている.国内においても本年,400 名近い参加者を迎えてシングルセルゲノミクス研究会が開催された.このように,シングルセルゲノミクスは黎明期を抜け,応用の域に入っている.第1 章では,シングルセルゲノミクス研究を支える技術やデータベース,そして国際コンソーシアムの現状を紹介するとともに,これらのリソースを活用した医学・生物学研究の概要を示す.
以前より,イメージングやフローサイトメトリーによってシングルセルレベルでの解析は精力的かつ日常的になされてきた.例えば,高解像度顕微鏡を用いた解析では個々の細胞内におけるタンパク質の局在を鮮明に捉えるだけでなく,FRET 技術に代表されるように1 分子の挙動を追うことが可能となっている.フローサイトメトリーは,数分という短い時間で数百万の細胞におけるタンパク質発現が解析でき,複数の表面抗原の発現パターンによって行う血球細胞の分類法が確立されている.一方で,これらのアプローチでは解析対象とするタンパク質や遺伝子が定まっていない網羅的な解析ができなかった.数千遺伝子の発現プロファイルを提供するシングルセル遺伝子発現解析は,従来の組織学的な細胞分類では見えなかった新規の細胞種の同定を可能にし,ヒトの初期発生など入手困難なサンプルにおける細胞状態の変化を明らかにしている.複数の細胞状態への変化を検出することで分化の分岐点を決定し,われわれの体をつくり出す細胞運命決定機構の分子メカニズムに迫ることができる.さらに,免疫状態をモニタリングするレパトア解析ではシングルセルレベルでのTCR/BCR の配列決定法が従来の手法に取って代わろうとしているなど,シングルセル解析がより応用へ向かっていることが実感できる.このようなシングルセル解析による医学・生物学研究の最近の実例を第2 章で紹介する.遺伝子発現解析をはじめとする近年のシングルセル解析は,微量の核酸を増幅する試薬やナノテクノロジーを応用した機器の開発に支えられている.これらの技術開発は勢いを失うことなく現在も精力的に行われており,検出できる遺伝子数をはじめとする感度の向上や,遺伝子発現やゲノム配列のみならずクロマチン状態や染色体の立体構造などといった分析対象の拡大につながっている.また,DNA 配列またはオープンクロマチン状態と遺伝子発現を同時に測定する技術も複数報告され,シングルセルマルチオミックス解析が現実味を帯びてきている.第3 章では,このような次世代シングルセル解析の開発状況を紹介する.
大規模シークエンシングを伴うシングルセル解析は実験コストが非常に高く,手を出しにくいという声をよく耳にする.網羅的遺伝子発現解析の標準的な手法であるマイクロアレイが現在,1 サンプルあたり数万円であることを考えると,1 回の実験で数十万円するシングルセル遺伝子発現解析は高価であるように思える.しかし,1 回のシングルセル遺伝子発現解析の実験で得られるデータは数千細胞のおのおのに対する遺伝子発現データであると考えれば,高いコストパフォーマンスと考えることができる.また,ここ数年でスループットが劇的に向上し,1 細胞あたりのコストは急速に下がっている.シングルセル遺伝子発現解析は,アルゴリズムを変えることで細胞同定から擬似時系列や擬似空間の解析など目的に合わせた解析をデータ取得後に選択できる自由度をもっている.言い換えると,今後新しいデータ解析手法が出てくれば,手元にあるデータが当初の予定を超える価値をもつことも期待できる.このことから,「まずやってみる」という考えもあるだろう.とはいえ,1 回の実験は安価ではないため(安価だとしても当然であるが),実験のデザインはよく練られるべきである.そして,サンプルの状態によっては高いコストを払ったにもかかわらず良質な結果が得られない可能性も加味する必要がある.今から実験を計画される方々には,流行だからやってみたい,自分の細胞は不均一な集団だから1 細胞レベルで見るのが妥当,というだけでなく,研究の目的から考察して,本書が紹介するシングルセル解析が本当に必要なのか?フローサイトメトリーの方が目的に見合っているのではないか,などといった点を今一度考察していただきたい.時にバルクのRNA シークエンシングなどで解析に必要な細胞数や実験系を推定することも重要である.そして,手元の研究材料がこの実験に最適な(あるいは他に代えがたい)ものなのかを検討し,実験ノイズが最小になる実験デザインを行うことによって,少ない労力で適切な結果を得る工夫を行うことは非常に重要である.このように,本書がめざすところは,研究目的に見合ったシングルセル解析を行っていただく道標となることである.本書では実際に実験を行った研究者の本音を入れていただいており,これらの生の声がこれから実験を行う皆様の研究デザインの一助になればと願っている.
最後に,ご多用にもかかわらず寄稿いただいた先生方,および企画から編集の細部まで精力的に仕事を進めていただいた羊土社実験医学編集部の蜂須賀修司様,岩崎太郎様のご尽力に深甚なる感謝の意を表します.
渡辺 亮
目次
序にかえて-個体を分解して理解するシングルセルゲノミクス
第1章 総論:プロジェクト・技術の動向
1.シングルセルゲノミクスのプラットフォーム
2.医学・生物学研究に実装されるシングルセルゲノミクス
3.シングルセルRNA-seq情報解析最前線
4.世界と日本におけるHuman Cell Atlasの構築
第2章 シングルセル解析によるバイオロジー
Ⅰ.発生・臓器・オルガノイド
1.心筋シングルセル解析による病態解明から臨床応用
2.腸管上皮のシングルセル解析
3.肝臓オルガノイドのシングルセル解析
4.単細胞レベルでの膵内分泌細胞の不均一性と機能解明
5.シングルセル解析で広がるヒト腎臓発生と病態の理解
6.シングルセルRNA-seqを用いた肺線維症の解析―データベースを用いた具体的な解析方法の紹介
Ⅱ.免疫・がん
7.シングルセルレベルでのT細胞受容体・B細胞受容体解析
8.T細胞におけるシングルセル解析
9.レンバチニブと抗PD-1抗体の併用による腫瘍免疫調節作用の解析
10.大腸がん組織を構成する細胞集団の多様性
11.シングルセル遺伝子発現解析からみえてきた腫瘍内不均一性
12.成人T細胞白血病研究におけるシングルセル解析の有用性
13.HTLV-1感染動態の数理モデル型定量的データ解析
14.リキッドバイオプシーの実現に向けた血中循環腫瘍細胞のシングルセル解析
Ⅲ.その他
15.iPS細胞のシングルセル遺伝子発現解析
16.1細胞RNA-Seqによる神経前駆細胞の制御機構解析の動向
17.ウイルス感染細胞の不均一性(heterogeneity)の網羅的描出
18.メタゲノムデータからの微生物ゲノムの再構成
第3章 技術開発
1.進歩を続ける1細胞トランスクリプトーム計測法
2.シングルセルゲノム情報解析の基盤技術
3.クロマチン挿入標識法(ChIL)による単一細胞エピゲノム解析
4.シングルセル遺伝子発現解析(Nx1-seq)と細胞集団
5.C1 CAGE法を用いた一細胞転写開始点解析
6.マイクロバイオームのシングルセル解析
7.蛍光イメージングによる網羅的シングルセル解析
8.SINC-seq法による1細胞多階層解析
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書籍情報
- ISBN:9784758103831
- ページ数:219頁
- 書籍発行日:2019年12月
- 電子版発売日:2019年12月27日
- 判:B5判
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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