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- くり返し聞きたい分子生物学講座
商品情報
内容
序文
はじめに
分子生物学という学問が社会で話題になるようになってから久しい.名前はバイオだとか遺伝子工学だとか言われることもあるが,要するに生物学の一環である.この単語を周りの一般の方が聞いたとき,どういう印象をもつだろうか?
聞いてみた.ほとんどの方々が「何となく難しそうな音で,聞く気がしない,中身などどうでもいいやという気分になり」,さらに「テレビのバイオ番組の最初のカバーシーンや医薬品会社のCM に出てくる化学分子の立体構造がぐるぐる回っていたり,亀の子が一杯の化学構造がゾロゾロ出てくる場面を連想する」,「オタクみたいな者が誰か勝手にやれや,という気分になる」そうであった.
まあ,実際にそういう分野でしょうね.私自身が分子生物学者を40 年以上やってきたが,直接一般社会に関係する話ではないと思う.確かにオタクの世界です.マスコミが騒ぐわりには身近ではない.
にもかかわらず,なぜこんなに世の中は(マスコミは)バイオバイオと騒ぐようになったのだろうか?
この説明は「なぜ私は分子生物学者になったのだろうか?」という私的な疑問から入った方がわかりやすい.
高校で大学受験にあたり理系と文系のコースに分けて教育する方法は,今を去ること半世紀前,私が高校生だった頃にはもうあった.まだ15~16歳の少年であった.高校では理系進学組の方が賢いような雰囲気があり,ちょっと数学や理科ができると「お前は理系だ」「賢い! 賢い!」と先生たちに煽てられる.子供だから,たちまち褒められて有頂天になり理系クラスに入り良い気分になる.そして大学に入る.すると理系は分野が細かく分かれているから,何か理系の科目を選択せねばならなくなる.私はあんまり数学や物理などを基礎とする学問など好きでなくて,仕方なくバイオ系を専攻したというだけの話である.高校時代に多少数学や理科ができたところで,多くはそんな学問が必ずしも好きなわけではない(大学に入ってからわかったが,私などは性格的に数学や物理が大嫌いだった).そして,卒業にあたり,たいして選択肢もなく飯の種として続け,辞めるわけにもいかず,なんとなくズルズルと流されてバイオの研究を何十年もやっていたにすぎない.
この有様を見たらわかる通り,私の若き日にはバイオなど全く人気もなく誰も見向きもしなかった学問なのである.それが,私が中年にさしかかる頃(当時のアラフォーですな)から突如バイオブームが生じた.
21 世紀はバイオの時代なのだそうである.バイオの基礎メカニズムは人の身体の原理を全て解決するため,癌は治り,アルツハイマーは治り,いかなる血管障害も治り,成人病(生活習慣病)は怖くなくなる.そして,20 世紀の鉄や石炭石油の時代は終わりを告げ,新しいバイオ素材が取って代わり,新しいバイオエネルギーが普及する.なるほど.とても驚きましたな.
たぶん,それまでの高度成長期に一世を風靡した他の科学技術領域が飽きられて,残っていた領域が珍しかったのでしょうな.機械工学・ロボット工学,電子工学などの専門家に聞くと,そういう世界の製品はニーズがあれば,もうどんな物でも創れるそうである.「もし欲しい物があったら,何でも創ってご覧に入れますよ」と言ってくださる方が多い.そしてもう一つ「でも,もう何をやっていいのか目標がないんですよ.やって欲しいことを見つけてくださいよ」と言われるのである.発達の結果,未来への展望のコンセプトが減衰しているのである.
マスコミも飽きますわな.何かもっとわからなさそうな素人にもわかるフレーズのある領域を探す.今は癌やアルツハイマーが社会問題である.介護となると政治の世界でもある.もっともらしい話をバイオがいっぱい流してくれる,それもアメリカ発で.飛びついた.
それが私の結論でした.
とにかくその原点となったのが分子生物学である.
ブームに乗って,私も分子生物学の本を書いてみることにした.しかし多くの難解な教科書的な本とは異なる観点から書く.特に「癌・難病と進化」に焦点を当てて話を進める.癌・難病と" 生き物の進化" なぞ,何の関係もないような気がするし,そこへ" 分子生物学" なる分野が入ると,無関係同士のオンパレードに見える.しかし,関係しているのである.私のような落ちこぼれ学者の観点から流行の世界を書けば,また,今まで見過ごされていた内容があることを再認識させ,新しい研究テーマを設定するためのきっかけが生まれるかもしれない
つまり,この本は,正統な分子生物学とは編集組み合わせが全く異なり,興味本位に好き勝手な方向から編集した独断的な分子生物学である.癌や難病は人間の話なので,そっちの方を睨んだ趣味的な生物の話と思っていただければよい.ただし,そのかわりに,癌や難病の話とは密接に関係していることがわかる.
書いてみたら,思ったより長くなった.したがって,飽きないようにすぐ読み終われることを念頭に,いろんな話題を細切れにして,なるべく各章だけで完結するように書いてある.進化・遺伝・染色体・発生など生物の基本を専門用語抜きで物語風に書き,マスコミで話題になる話もいくつか解説するつもりで書いた.気楽に読んでいただきたい.
この本は,著者が東京理科大学理工学部応用生物科学科の新入生に対する講義「生物学概論」で行っていた中身を肉付けしてまとめたものである.もともとはこの講義用の原稿だった.ところが,この新入生向けの原稿がわりと評判がよく,他大学の多くのバイオ系の先生方にも興味をもっていただいた.そこで改めて初心者向けの「分子生物学」の参考書・教科書としてまとめた.一般にバイオの新入生は高校時代に生物を履修していない者が多数いる.この講義の教科書として,高校の生物Ⅰの復習も兼ねて,その学生たちにも分子生物学をわかっていただけるような噛み砕いた内容になっている.教科書としては書き方がかなり型破りであるが,趣味的に読んでもらえると教育効果がより上がると思うので,新しいスタイルの教科書のつもりで書いた.バイオ系に興味をもつ専門外の方々や大学生,高校生にも読んでいただける程度の難易度にしてある.高校で生物を履修していなくてもわかるようにまとめた.
この本を出すにあたり,ご指導,ご助言をいただきました羊土社編集部の蜂須賀修司氏,イラストなどは同編集部の林理香氏をはじめ,私の研究室の院生や卒研生,職員に大層お世話になりました.ここに厚く御礼を申し上げたい.
2010年2月
坂口謙吾
目次
第1章 分子生物学,癌など難病,そして唐突に「進化」との繋がり
・まずは身近なテーマから...
・生物学の基本概念を理解しよう
・抗生物質-進化によって生まれた選択毒
・癌に効く抗生物質もあるのか?
・細胞膜と自己増殖
・癌特効薬開発のキーポイント
・もし癌が完治できるようになったら?
・薬開発におけるバイオビジネスがもつ可能性
第2章 メンデルの法則を化学的に説明できますか?~分子生物学(分子遺伝学)の考え方の土台~
・まずは遺伝学をちゃんと理解しよう
・メンデルの法則を化学的に説明できますか?
・「化学的」と「生物学的」の考え方の違い
・メンデルの遺伝の法則
・家族なのにメンデルの法則が当てはまらない?
・何でもかんでも対立遺伝子
・染色体は遺伝子を乗せた舟である
・さていよいよメンデルの法則の化学的な解説
第3章 遺伝子,DNA,突然変異
・遺伝子の実体探しの歴史
・物理学からのアプローチ
・遺伝子= DNA の証明
・DNA とは何か
・DNA は長いヒモ状の物質である
・人のDNA のうち遺伝暗号はたった1割
・遺伝子に傷がつくと突然変異が起こる
・小さな突然変異が積み重なると...
・DNA の変異はなぜ起きる?
・RNAとは何か
・RNA の種類
・発生と遺伝子の関係
第4章 DNA を増やすしくみとキズ治し
・DNA の複製のあらまし
・DNA 複製のための化学合成反応
・DNA 複製のはじまり
・DNA 合成の伸長反応
・DNA 複製にミスは起きないのだろうか?
・1本のDNA のあちこちで複製が行われている
・DNA の修復
・DNA 損傷と修復
・DNA 損傷を起こすその他の原因
・DNA のキズの治し方
第5章 細胞,染色体,細胞分裂
・細胞の構造
・細胞分裂時には染色体が現れる
・染色体とは
・細胞は周期をもって分裂する
・姉妹染色分体=姉妹DNA
・染色体の微細構造
・染色体中の遺伝子は偏って分布している
・塩基配列には複雑なのと単純なのがある
・DNA の反復配列
・無駄なDNA にも意味はある
・DNA複製は染色体のあちこちで起こっている
第6章 進化はどうやって起こった?
・遺伝学と進化の考え方の違い
・突然変異の第一歩:DNA 上の傷
・染色体の数と異種間交雑
・進化の中で染色体の数は増えていった
・交雑と重複のくり返し
・発生時のエラーによる染色体の倍加
・細胞分裂時に一部の染色体の数が増える
・いらない染色体は減らそう
・環境に適応しながら染色体の数は増えてきた
・重複と多型化による進化
第7章 遺伝子で見えてくる進化のカラクリ~平安時代にあなたの祖先は800 兆人?~
・生物の系統と分類
・多細胞生物は生殖のための細胞が分業している
・太古のトンボはゆっくり飛んでいた?
・分子進化
・進化中立説
・進化系統樹
・生存競争と進化
第8章 どうして親は2人いるのか?
・親の精子や卵子の染色体の数は半分しかない
・同じでない細胞同士が合体した方が有利
・真核生物の登場
・細胞分裂の前にはDNA は2倍に増える
・減数分裂時に染色体の組換えが起きる
・組換えにより親と少し異なる遺伝子ができる
・オスとメスの区別,オスのでき方・メスのでき方
・Y 染色体があればオスになるのか?
・性の決定機構
・Y 染色体の役割
第9章 分子から見た減数分裂のしくみ
・減数分裂の特徴
・減数分裂の詳しいプロセス
・減数分裂の鍵:遅延
・DNA 合成
・相同染色体の対合が起こるメカニズム
・染色体組換え時の傷を修復するDNA 合成
・ディアキネシス期以降のプロセス
第10章 進化でひもとく発生のしくみ
・動物の初期発生
・38 億年の進化のプロセスをくり返す発生
・植物ではどうか?
・発生が進むにつれ細胞が分化する
・嚢胚期とクラゲは似ている
・胚葉の由来が同じなら親戚同士
・植物同士の構造の比較
・進化と遺伝子と身体の器官
・植物や菌類の減数分裂とその起源
・遺伝病
・遺伝病とメンデルの法則
・癌になりやすい体質をもつ人
第11章 遺伝子を眼で見る~染色体の組換えと遺伝子地図~
・ショウジョウバエの巨大染色体
・ショウジョウバエは癌研究材料にうってつけ
・日本人は実はみな親戚同士だった?
・染色体の組換えと遺伝子地図
第12章 DNA 修復のしくみは神経・免疫でも活躍していた
・DNA ポリメラーゼ
・DNA ポリメラーゼと神経系・免疫系
・DNA 組換えが産んだ抗体の多様性
・中枢神経の記憶素子にDNA は関係しているのか?
・短期記憶はRNA,長期記憶はDNA が担う?
第13章 遺伝子組換えはアブナイか?~クローンと再生医療のはなし~
・異種生物間の人工的遺伝子組換え
・遺伝子操作の道具たち
・遺伝子組換え作物の誕生
・遺伝子操作も進化の一形態にすぎない
・クローン生物=同じ遺伝子をもつ生物
・一生増え続ける再生組織の細胞
・植物には分化全能性はあるが,動物にはない
・再生医療による臓器移植の夢
第14章 癌はどうやって起きる? どうやって治す?
・固形癌に効く制癌剤はあるか?
・固形癌の中には薬が浸透しにくい
・副作用のない制癌剤探しの方向性
・発癌源の代表格,紫外線
・癌の元になる体内の損傷
・突然変異と発癌
・癌を治すにはどう考えるべきか(現状)
・制癌剤研究の問題点
・癌を治すにはどう考えるべきか(私案)
第15章 常識外しの薬の見つけ方
・実験動物を使った薬探し
・ターゲットスクリーニング(標的探索法)
・身体の中のバランス型ブレーキ物質
・進化や発生から見た薬と身体
・糖鎖は細胞膜のマジックテープである
・糖鎖を応用した薬探し
・糖鎖工学研究の難点と打開策
・毛細血管の新生を応用した癌治療
第16章 老化と寿命~人は何歳まで生きられるか?~
・平均寿命はどこまで延ばせるか?
・老化を防ぐ方法はあるか?
・染色体の寿命を決めるもの-テロメア
・テロメアを引き延ばすテロメラーゼ
・寿命を決めるもう1つの要素-活性酸素
第17章 心や記憶はバイオで解き明かせるか
・自分という存在の認識,意識とは?
・クローン人間を創っても元の人間は復活しない
・記憶を司る遺伝子も単細胞生物から進化した?
・おわりに
Column
ゴジラは地球の重力下では生存できない?
減数分裂研究の壁
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書籍情報
- ISBN:9784758120111
- ページ数:286頁
- 書籍発行日:2010年4月
- 電子版発売日:2013年1月1日
- 判:A5判
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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