第６版の改訂に当たって

本書の著者　真島英信教授が御他界されてから17年の歳月が経過した．先に，このマイナーシリーズの改訂が計画され，その作業を私が果たすことになったが，幸にして引き続き御好評をいただき，この度改訂第６版を刊行するに至ったことは喜びにたえず，御指導いただいた多くの先輩や同僚の方々に感謝の念を捧げたい．この間，学問の進歩は著しく，新しい知見が得られ，新しい概念が築かれてきている．そのごく一部はとり入れたけれども，しかし私のような浅学の者にとって全てを網羅することはとても不可能であり，それにもまして，本書を貫く生理学の理念を傷つけることに対する懼れがあって，大綱は以前のまま変えていない．ただ，第５版において細胞生理学の領域を第２，３，４章に分けて記述し，また，今回の改定に際しては，内容の一部を更新するとともに，図の配列や項目の見出しなどを整理することに心がけた．

現在，生理学教科書は数多く出版されている．多くの学生にとって生理学の学習に当てるべき時間は限られているから，指針となる教科書の内容も取捨選択されたものとなるのは当然であろう．本書の記述は極めて簡潔であり，必ずしも充分とはいえないだろうが，しかし，それは要点の羅列だけで終わっているものではない．熟読すればするほど，生理学に対する理解が深められ，向学の心がかき立てられ，そして故真島先生の若き学徒に対する期待と愛情とを行間に感じとることができる，そのような書であると確信している．

第３版から２色刷りになっている．色を加えることは，それによって内容の理解が容易に正確になるばかりでなく，各ページごとの美的感覚が満足されることも望ましいであろう．教室の豊田弘子君にその労をとってもらった．爽やかなでき上がりになったと思う．

長年にわたって激励をいただいた金芳堂 市井輝和氏，校正やレイアウトの修正に注意深くたずさわっていただいた小崎徹也氏の御配慮と御好意に深甚の謝意を捧げます．

平成13年 １月

川崎医科大学
松村幹郎

初版のまえがき

物理学が自然科学の王と呼ばれるのに対して，生理学は女王と呼ばれている．王と女王はどこが違うかというような詮索は抜きにして，要するに２本の柱であり，双壁とみなされているということである．とくに医学のような人体を対象とする学問分野においては，生理学はその背骨を形作っているといっても決して過言ではない．因みにノーベル賞の医学分野は生理学医学賞と呼ばれている．もっともこの場合の生理学は生命体の科学という広い意味の生理学で，古くは確かにそうであった．しかし現在では学問の細分化が進み，広義の生理学の一部は解剖学（形態学），生化学，薬理学などに分科して行った．現在の生理学は主として生体の機能に関する学問となり，しかもそのうち分子レベルの機序については生化学に譲っている．したがって本書も人体の機能のうち，細胞レベル以上のものについて解説している．

本書の特色は，できるだけ知識の分量を整理し，初めて生理学を学ぶ人でも一気に通読できる程度にまとめられていることにある．このような小冊子であるから，細かい現象について一々詳しく解説することはできない．
本書の目的はそういうことにあるのではなく，生命力の表現としての自然治癒力，ホメオスタシス，合目的性などの原理が，細胞や組織のレベルの現象にも生き生きと現れていると同時に，器官や系統のレベルの現象にそれが形を変えつつ発展していくことを示すことにある．さらにこれを外挿することによって個体としての人体の生命力が全体として浮彫りにされることを願っているのであるが，この点は読者諸賢の自己学習にまたねばならない．医師にとって大切なのは，人体の全体として調和のとれた活動の原理を理解することにあることはいうまでもない．そのためには現在の狭義の生理学だけでは不充分で，少なくとも解剖学や生化学を合わせて習得し，これらを統合することによってはじめて人体が理解されるのである．そういう意味でも本書は，小冊子ではあるがエッセンスを示しているので，統合のための素材にはなるはずである．

以上のように本書はあくまで生理学の入門書であるから，これによって生理学に興味を抱かれた方は，さらに高級な生理学書に取りくまれることをお薦めする．

1979年 ８月

順天堂大学医学部生理学教室にて
真島英信