【特集】循環器Ⅱ －血管・血管腫・弁膜疾患－

病理医にとって，動脈硬化性・非動脈硬化性の血管病変は日常業務では病理診断の重要性を見出しにくい分野である．しかし，大動脈瘤破裂や大動脈解離などの急性大動脈症候群は，突然発症し生命予後が極めて不良な病態である．本邦における大動脈解離や胸腹部大動脈瘤の治療件数はいずれも年間20, 000件を超え，増加傾向が続いている．さらに非破裂性大動脈瘤の治療は，ステントグラフト内挿術が手術症例数を凌駕している．我々は剖検例として，急激な経過をたどった急性大動脈症候群やステントグラフト内挿術などの大動脈疾患治療後症例を経験する機会も増えている．

また，虚血性心疾患における冠動脈病変の画像診断技術やステント留置術などの治療はこの10年間で飛躍的に進歩し，目覚ましい技術革新に病理学的エビデンスが追い付いていないのが現状である．画像診断の進歩と病理学的検討で急性心筋梗塞や不安定狭心症，心臓突然死を含む急性冠症候群の冠動脈病変は，必ずしもすべてが脂質に富む脆弱なプラークの破裂に伴った冠動脈血栓症により引き起こされるわけではないことも明らかにされた．剖検症例における冠動脈ステント留置血管の病理学的変化や，手術検体として提出される経カテーテル的に採取された冠動脈内血栓の病理学的所見は，治療を行った臨床医の立場からは，検体から何らかの情報が得られないかとの思いがある．しかし，必ずしも臨床のニーズに合った情報提供がされていないことも多い．

さらに今回は，比較的日常診断で触れる機会の多い血管炎について，血管のサイズ別に大型血管・中型血管・小型血管に分類して取り上げた．特にこの10年間でANCA関連血管炎に関する研究が進み，新たな知見も明らかとなりつつある．血管腫・血管奇形については，両者は慣用的に血管腫と診断されることが多いが，血管腫・脈管奇形診療の国際学会では両者は別の疾患で臨床経過も異なる．また，弁膜疾患も高齢化に伴って手術やカテーテル治療の症例が増加している．特にカテーテルによる弁置換術は増加が目立ち，今後剖検症例などで経験する機会も増えると予想される．

本特集では循環器Ⅱとして広く血管・弁膜疾患を取り上げ，最新の知見を含めながらも，なるべく日々の診断に役立つようなテーマを選んだ．血管疾患は大動脈と冠動脈を取り上げ，画像や治療法についても紹介したい．この特集で血管疾患をより身近に感じてもらえたら幸甚である．

羽尾裕之 ［日本大学医学部 病態病理学系 人体病理学分野］