生きると向き合う わたしたちの自殺対策

  • ページ数 : 200頁
  • 書籍発行日 : 2017年3月
  • 電子版発売日 : 2019年4月26日
3,300
(税込)
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商品情報

内容

あなたの患者さんが,ある日突然……

「あなたの患者さんが自殺をしてしまった」これまで非現実的だった自殺が,現実に変わる瞬間です.執筆陣はプライマリ・ケア医や精神科医,当事者やその家族,弁護士など,自殺という多面性を広い視点でまとめました.自殺という重いテーマを,できるだけ広く多くの人に,ほんの少しの時間だけでも向き合って欲しいと願いを込めた一冊です.

序文

それぞれの持ち場で医師が「自死」と「ある人」と対峙する

数年前の話だが,ある日,70代の有料老人ホーム入所中の女性が初診で外来に来られた.主訴は妄想で,認知症の所見はなく,筆者は妄想性障害と診断した.診察室で,老婦人と2人で話し込み,病気ではないと彼女は主張しつつも,薬物療法は受け入れ,筆者の外来へ月2回の通院することには同意された.処方せんを渡した診察のあと,本人と入れ違いで,遠方に住んでいるため来られなかった家族の代わりに,老婦人に付き添ってきたという入居中のホームの管理者である中年の男性が入ってきた.名刺を出して,あいさつもそこそこに,折り入って確認しておきたいことがあると前置きして,「病名はなんですか?精神科にかかる病気があるということは,自殺するかもしれないってことですか?」と,そもそも家族以外の人が診察室に入ってこられたことに逡巡する筆者に構わず,事務的にたずねられた.老婦人は入居して間もないとのことで,自殺の危険性があるならば,この男性としては「契約違反ではないか?」ということであったらしい.

当時は国をあげての自殺対策が開始された時期で,自殺という単語が,隠されず,世間で議論されるようになっていたが,それが随分と表面的な理解がなされていると......,憤慨を通り越して,唖然としたことをよく覚えている.

この事例は極端な理解の一例だとは思っていて,このあと,この管理者の男性が診療の場面に登場することもなく,老婦人の治療に影響もなかったのだが,筆者の記憶にこびりついている一場面である.


わが国の年間の自殺者数は,3万人前後で推移しており,その数は常に交通事故死を上回っている.......時代が移り変わって,現在自殺について,一部の自殺の専門家や行政担当者だけではなく,ほとんどすべての医療者,行政の保健担当者が,講義や研修で学ぶようになり,この3万人という数字も有名な統計になった.医療者,行政のみならず,地域の非専門家の間にも,自殺対策が広がっていき,ゆるやかな立場で,支えあう活動が展開されるようになっている.

こうして,われわれは自殺への対策の術を得ているのだろうか?

筆者の勤めている大学病院の精神科病棟では,看護師が中心となり,患者さんの自殺を予防すべく,週に1,2度,30分以内でカンファレンスをもち,心配な患者さんについて,多職種のスタッフ同士で意見を交わしている.患者さんが実際にいったことや,寂しそうにしていた表情,逆に場違いな明るさなど,それぞれが見聞きしたことを述べ合い,「某さんは自殺のリスクが高いのではないか?」,「もっと気をつけて見守るべきではないか?」,「いや,アピールの段階であろう......」などの意見が出され,こまめに看護計画を書き直している.


昨今,精神科病棟ならば,自殺リスク・カンファレンスは当然なすべきことだと理解している.その一方で,担当になったとはいえ,数日前にあったばかりの人にとっての「死にたい」ほどの悩みや苦しみに,われわれが分け入っていくことができるのだろうか? という疑問がある.「今,死にたいと思っていませんか?」と,誠意をもって,失礼がないように聞いたつもりでも,はたして目の前の人は,われわれにこころを開いてくれるのだろうか?

自殺から目を背けたり,根拠もなく,臨床家の「勘」だけで,リスクが低いと判断すべきでないこともわかっているが,臨床家が自殺を恐れるあまり,ある人を,「自殺するか? しないか?」のみでみてしまうことになり得ないだろうか?,それでよいのか......?,それは,あの時の老人ホーム管理者の男性の,筆者を唖然とさせた発言とどう違うのか......?,そんな自問自答が今でも繰り返されている.


筆者の場合,精神科医という立場ゆえに,ほかの医師に比べて,自殺の問題にかかわる機会は多い方で,10年も研鑽を積んだならば,自分なりの考え,自殺対策らしきものを,人前で,語ることもできないことはない.しかし,ほかの精神症状と同様,自死の問題は,「症状」のみでは語れない背景がある.その人のたどってきた苦労の過程,出会った人,遭遇した出来事,人生観などが複雑に入り組んで,「死にたい」気持ちの背景にある.「眠れない」とか,「うつ病だから自死に至った」といえるような単純なものではなく,「死のう」と思うまで追い込まれた過程は入り組んでいて,かつ個人差も大きいのである.

今もって,筆者のところに来たならば,ほかの人よりも優位に自殺を予防できるという自信があるわけでは全くなく,自殺を防げなかった方も何人かいる.自殺をめぐる問題に,今も逡巡し,過去の防げなかった事例によって惹き起こされる不安で,判断を鈍らせないように,気を張って,日々診療をしている.


筆者だけではなく,ほとんどの臨床家にとってみれば,自殺は避けられない問題であろう.前述の,机上で聞いたわが国の自殺者が3万人前後であるという数字が,ある日を境に自分にとっての「目の前の1人」になったなら,文字でみたときとは全く次元の異なる重みと深刻さを伴って,考えや診療のなかにまで覆いかぶさってくるのではないか?


本書は2015年6月に刊行された月刊誌『治療』において,「生きると向き合う─わたしたちの自殺対策」と銘打って企画された特集を再編したものである.

自殺について,非専門家の視点から,自死に向き合うことは,その人が生きることに,一歩踏み込んでかかわることであり,総合的な医師としてのスキルを要することを踏まえて,プライマリ・ケア医,精神科医の立場からの医療者の「対話」と,手探りの試みながら,自死に関しての当事者の発言も取り上げる試みを行った.


本書でも,自死に対しての,医療者,医療以外の専門家,そして当事者の「語り」を重視した.


本書に目を通した方が,1分でも長く自殺という重い課題に向き合う助けとなればと祈念する.

また,自死により亡くなった人への思いも忘れないという気持ちを込めて,本書を捧げる.


2017年2月

編者を代表して 今村 弥生

目次

Part 1.自殺と向き合う

Scene 1:プライマリ・ケアの外来で

1 うつ・自殺に傾いた人のリスク評価

2 自殺に傾いた人との接し方

3 ウィメンズ・メンタルヘルス

Scene 2:救急外来で

4 自殺未遂者,リストカット,薬物過量服用に対する具体的な対応法

5 帰宅・退院のときの問題

Scene 3:一般身体科の病棟で

6 慢性疾患(糖尿病,循環器疾患,透析,慢性疼痛)と自殺

7 がん(緩和ケア含む),うつと自殺

Scene 4:老人介護施設/在宅訪問診療で

8 高齢者がうつ・自殺に傾くとき─老年精神医学の3Dからのアプローチ─

Scene 5:精神科クリニック・病院で

9 自殺に傾いた人に対する精神科医の初期介入

10 自殺に傾いた人に対する精神科医の介入 ─薬物療法─

11 自殺に傾いた人に対する精神科医の介入 ─非薬物療法─

12 対話① 自殺対策の中の笑み

Scene 6:産業医の相談場面で

13 産業医・産業保健師が知っておきたい心得

Scene 7:地域で

14 プライマリ・ケア医が診療所の外に出て行う自殺予防活動

15 対話② プライマリ・ケア医として子どもの自殺に地域で向き合う

16 精神科医の視点から─死にたい,死んでもよいという子どもに接するとき─

17 電話相談を上手に利用していただくため─電話相談を受ける側からのメッセージ─

Scene 8:当事者と家族

18 消えない記憶に思うこと

19 自死で子どもを失った家族から

20 自殺対策と「秋田モデル」の推進

21 未遂者対策

22 ポストベンション:ある患者さんとのかかわり─プライマリ・ケア医より─

23 ポストベンション:生きる「力」のナラティブ─精神科医より─

Part 2.社会と向き合う

24 自殺の法的な問題

25 精神科医との付き合い方─プライマリ・ケア医の立場から─

26 精神科医との付き合い方─精神科医の立場から─

27 希死念慮がある人を励ますか? ─プライマリ・ケア医の立場から─

28 希死念慮がある人を励ますか? ─精神科医の立場から

29 経済的な問題への助言や社会的資源の活用

30 心の自由は,どんなひどい状況下でも奪われることはない ─V.E.フランクル

Part 3.生きると向き合う

31 対話③ 生きると向き合う


あとがき

巻末資料 背景問診・MAPSO問診チェックリスト

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書籍情報

  • ISBN:9784525205713
  • ページ数:200頁
  • 書籍発行日:2017年3月
  • 電子版発売日:2019年4月26日
  • 判:B5判
  • 種別:eBook版 → 詳細はこちら
  • 同時利用可能端末数:3

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