序

『人工呼吸器の設定ができる』

僕が研修医だったとき，このスキルをもっているだけでレジデント仲間から羨望の眼差しで見られたことを思い出します．昔の人工呼吸器は，グラフィックがない小さな箱にいくつものダイアル式の設定項目があり，「玄人以外はさわるべからず」という無言の圧力を示しているようでした．

時が経ち，今では多くの扱いやすい人工呼吸器が登場しています．グラフィックはさまざまな波形から肺の状態を示すシェーマまで，初学者にもわかりやすく工夫されており，操作も皆さんが使っているタブレットと同じタッチパネルが主流です．そのため皆さんも直感的にさわることができると思います．

しかし，さわることができることと，設定を適切にできること，は全く異なります．例えば，自動車の運転で考えてみましょう．私たちが車を運転するためには，教習所に行って座学と実技を研修することで運転免許書を取得することが必要です．一方，人工呼吸の場合は，なんとなく上級医から教えてもらった知識や方法を元に管理している現場が多々あります．これは，正しいトレーニングや知識の整理が不足しているけれども，呼吸管理をしなければならないシチュエーションがあり得る，ということです．人工呼吸の管理方法は，ある程度確立されています．一部の急性呼吸不全の患者さんでは，まだ安全な管理方法が確立されていませんが，大部分の患者さんでは安全に管理することが可能です．ですから，レジデントの皆さんにとって大切なことは，『この方法であれば，大抵の患者さんを安全に管理できる』ことを知ることだと思います．

そこで本書では，レジデントの皆さんにとって，「人工呼吸の基本的な知識をわかりやすく整理する」ことを目的としました．筆者として，第一線でレジデントに教育されている先生方にご協力いただきました．人工呼吸管理の適応から換気モードについて話を進め，合併症やトラブルシューティングの対応方法など，実戦で役に立つ内容を解説しています．また，人工呼吸管理中に必要な鎮痛・鎮静・せん妄の知識も一緒にまとめています．最後に，ECMO やリハビリテーションについてもわかりやすく解説しています．

本書が皆さんにとって，「現場で役に立つ読みやすい人工呼吸の本」となれば，執筆者一同とても嬉しく思います．患者さんにとって安楽な呼吸をしてもらえるように，そして「人工呼吸って楽しい！」と読者の皆さんが思ってくれることを願って筆をおきたいと思います．それでは本書をお楽しみください．

2022年7月

自治医科大学 麻酔科学・集中治療医学講座 集中治療医学部門
方山真朱