感染症疫学のためのデータ分析入門

  • ページ数 : 240頁
  • 書籍発行日 : 2021年10月
  • 電子版発売日 : 2021年10月6日
4,180
(税込)
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内容

COVID-19の流行中から西浦研が総力をあげて分担執筆。感染症疫学の数理モデルの基礎と簡単な計算方法が学べる!

本書は京都大学大学院医学研究科の社会健康医学系専攻において専門職大学院課程(School of Public Health)コア科目「感染症疫学」の教育内容に準拠して執筆された入門書である。

編著者自身が過去10年を通じて毎年更新しながらきめ細やかに作成・更新を続けてきた「感染症疫学」の到達目標

1.感染症が他の疾患と比べて特別である特徴を説明することができる
2.無症候性感染の公衆衛生学的意義について述べることができる
3.感染および死亡の疫学的リスクについて分類し、記述することができる
4.集団免疫のコンセプトと疫学的検討におけるその重要性について記述できる
5.仮説検定の意味で流行の早期探知のコンセプトを述べることができる
6.予防接種の効果について分類し、記述することができる
7.アウトブレイク調査やサーベイランスの目的と実践について記述可能である

を教育マテリアルとして活用し、入門書の範囲にとどまらない、感染症特有の調整、アイデアなども解説。読者諸氏にとって、感染症データとの向かい合い方を根幹から変える書を目指した。
また、章末確認問題では、実際のデータの取り扱い方法を確認でき、理解度を深めるのに役立つ。

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序文

まえがき


「感染症の予防医学は、公衆衛生学の中で最も長い歴史と実績を誇る」

これは事実である。疾病を予防するという概念は18世紀の天然痘に関する死亡統計やその後の予防接種評価において飛躍的に発展し、数ある近代の戦争の中でも感染症の予防は兵力の保持に必須であった。そのため、20世紀前半までの疫学や公衆衛生の教科書を開くと、中身のほとんどは感染症(伝染病)の制御に関するものである。私たちはその歴史に支えられており、また、その期間のおかげで感染症疫学の理論的基盤も豊富に蓄積されてきた。

しかし、20世紀後半、日本を中心に、どこかで時計が止まったかのように、ぱったりと学問の発展が停滞してしまった。高度経済成長の社会の中で多くの感染症が次第に制御され、それは専門性として尊重されなくなってきたのかも知れない。日本の近代疫学の祖である平山雄(1923~1995)の処女作「疫学」(績文堂、1958)の中身は、ほとんど氏がジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院で学んだ感染症疫学に関するものであり、その中では数理モデルにさえ詳細に触れられている。しかし、そんな平山氏でさえ1950年代の肺がんと喫煙の研究以降、癌や循環器疾患のような慢性疾患に戦いの場を移してしまった。日本の疫学の萌芽期を支えた他の書を紐解いてみても、金光正次、岡田博、甲野礼作、重松逸造、平山雄「疫学とその応用」(南山堂、1966)や阪本州弘「疫学と疫学モデル」(金芳堂、1985)の中でふんだんに感染症疫学の議論がされてきたが、脆弱な疫学研究基盤で皆が興味の対象を一気に慢性疾患へシフトし、理論に力点を置いた感染症疫学の系譜は1970年代までに確実に途絶えてしまった。

気づけば、日本では感染症の疫学は絶滅の危機にあった。1990年代や2000年代に感染症流行がなかったわけではない。HIV/AIDSの流行に続き、大阪府堺市での病原性大腸菌O-157集団発生やウシ海綿状脳症(いわゆる狂牛病)、重症急性呼吸器症候群(SARS)、高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)、インフルエンザH1N1-2009パンデミック、ジカ熱、エボラ出血熱流行など、いくつもの流行発生の度に突発的な専門性に対するニーズが生じ、感染症疫学の見直しを迫るチャンスが多数あった。しかし、日本はそれをみすみす見逃してきた。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行で社会がぐらついてからやっと、感染症疫学の基礎知識を有するものが極めて限られていることを肌で感じさせられた。国家として感染症の危機管理を直視することができず、また、残念ながら感染症疫学者の育成不足という国策の誤りのツケを払わされることになった。

本書はそういう国内の長期間に渡る過程を深く理解していない若手研究者も含めて研究指導を行いつつ、海外で感染症疫学を学んだ西浦 博が自らの修練と教育経験に基づく入門マテリアルを書籍として纏めたものである。COVID-19が流行した時に、感染症疫学を専門とする者として国に対峙し、その領域研究者の中で最も理論的基盤を大切にする人間としては、復興から勃興に向かわせる取り組みに着手する以外に選択肢が残されていなかった。

それを受けてCOVID-19の流行中から西浦研が総力をあげて分担執筆をしたものがこの本書である。本書は京都大学大学院医学研究科の社会健康医学系専攻において専門職大学院課程(School of Public Health)コア科目「感染症疫学」の教育内容に準拠して執筆した入門書である。入門書は感染症流行データの見方を養うものであり、専門家を志す者には応用編となる数理モデルの入門書もぜひ手に取っていただきたい。

その「感染症疫学」の到達目標は以下の通りである:

1.感染症が他の疾患と比べて特別である特徴を説明することができる

2.無症候性感染の公衆衛生学的意義について述べることができる

3.感染および死亡の疫学的リスクについて分類し、記述することができる

4.集団免疫のコンセプトと疫学的検討におけるその重要性について記述できる

5.仮説検定の意味で流行の早期探知のコンセプトを述べることができる

6.予防接種の効果について分類し、記述することができる

7.アウトブレイク調査やサーベイランスの目的と実践について記述可能である

この教育マテリアルは西浦が過去10年を通じて毎年更新しながらきめ細やかに作成・更新を続けてきたものである。そのため、専門家の登竜門を潜った若手研究者にとっては執筆する中で西浦の相手をするのが面倒だったかも知れないが、全ての章は西浦が共著とさせてもらい、細かなところまでを西浦が書き換えつつ原稿を作成した。前提知識を一切想定しない読者諸氏らとこの基盤について共有するためにはどうしても必要なプロセスだった。

すでに本邦では入門本と銘打つ感染症疫学の書が存在する。その違いを最初に述べておく。「感染症疫学ハンドブック」(谷口清州著、医学書院、2015)は国立感染症研究所実地疫学専門家養成コースの参加者などが協力して仕上げた専門書であり、疫学の基礎から調査の実際までを学ぶための書である。特に地方自治体などで感染症発生に対応する者などに有用であり、本書が重視する理論的基盤と比較して実践面に重きを置いている。また、訳書として「CDCのフィールド疫学マニュアル」(岩田健太郎ら訳、メディカル・サイエンス・インターナショナル、2020)や「感染症疫学」(ヨハン・ギセック著、昭和堂、2021)がある。前者はフィールド疫学の書であり、後者はコンセプトを含めて広く学ぶ入門書である。本書が訳書と異なるのは、感染症疫学の大学院教育に専門家として特別なエフォートを割き続けてきた西浦が、これまでの履修者の理解度を観察しつつ何度も工夫して改訂を繰り返し、誰も理論的基盤の学修に取りこぼしがないように工夫して作成をしている点である。だから冗長的すぎると感じる部分もあるかも知れない。しかし、読者諸氏にとって、感染症データとの向かい合い方を根幹から変える書を目指している。

編集にあたっては、流行の真っただ中で西浦も睡眠時間のない状態で執筆活動をしたため、金芳堂の担当者の浅井健一郎氏には特別な忍耐を要する職務を強いてしまった。新しい扉を開くためにお付き合いいただいた氏の忍耐に感謝したい。妻の知子、長男、長女、二女には、COVID-19を通じて父の留守が重なった上に社会での喧騒で不安な思いをさせてしまった。帰宅の遅い日が続いているが、喧騒の1つの解決になるものと信じて本書を世に送り出すことができるのは家族の協力のおかげである。本書が、新しい日本の土台を築くことになることを願ってやまない。


2021年9月

西浦博

目次


まえがき


chapter1 感染と感染症のメカニズムと疫学的指標

1.感染症疫学の特徴

2.感染症疫学の基礎

(1)感染と感染症(infection and infectious disease)

(2)コッホの条件(Koch’s Postulates)

(3)疫学三角(epidemiologic triad)

(4)飛沫感染と空気感染

(5)感染症の根絶・排除の条件

(6)感染症の重症度(severity)

3.感染症疫学で使われるその他の用語

(1)インデックス・ケース(index case)

(2)1次/2次/3次感染者(primary/secondary/tertiary case)

(3)感染症の発生頻度

章末確認問題

chapter2 感染症の自然史

1.はじめに

2.自然史と感染症サーベイランスのデータ:診断バイアスの問題

(1)不顕性感染の事例検討

(2)不顕性感染と致命リスク

3.自然史の時間経過

4.潜伏期間の有用性

(1)重症度の予測因子となる潜伏期間

(2)潜伏期間と感染症の季節性の関係

(3)単一曝露流行における曝露時刻の推定

(4)潜伏期間による感染時点の逆計算

(5)検疫期間の決定

(6)隔離と接触者追跡で制御できるのか

5.さいごに

章末確認問題

chapter3 感染性と重篤度の評価

1.感染性の評価

(1)2次感染リスク

(2)基本再生産数(basic reproduction number: R0)

2.重症度の評価

章末確認問題

chapter4 アウトブレイク調査:能動的サーベイランス

1.能動的サーベイランス

2.症例定義

(1)症例定義(case definition)とは

(2)症例定義の評価

3.記述疫学

(1)時(time)、場所(place)、人(person)

(2)流行曲線epidemic curve(エピカーブ:epi curve)

(3)感染パターン別の流行曲線

(4)流行曲線の作成方法

4.仮説の検証

(1)症例対照研究(case control study)

(2)因果関係(causation)

章末確認問題

chapter5 感染者割合の推定

1.感染者割合の分析

2.診断検査データを活用した感染者割合の推定

3.逆計算法を利用した感染者割合の推定

(1)逆計算の基本的構造(basic concept of back-calculation)

(2)逆計算法の応用(application of back-calculation method)

(3)HIV/AIDSの流行制御の難しさ(challenges to control HIV/AIDS epidemic)

(4)ネットワーク構造と感染症疫学

4.捕獲再捕獲法を利用した感染者割合の推定

(1)Petersen法(Petersen method)

(2)疫学分野での応用と課題(application and challenges in epidemiology)

5.血清疫学調査の活用

(1)累積罹患率(cumulative incidence)

(2)重症度の推定(estimate of severity)

6.おわりに

章末確認問題

chapter6 予防接種の評価

1.感染症と免疫

(1)感染症における従属性現象

(2)免疫の種類

(3)自然感染による免疫の持続性

(4)予防接種の種類

2.予防接種の集団レベルの評価

(1)相対危険による評価

(2)私たちの従来型の常識を取り除いて考えよう

3.予防接種の個人レベルの評価

(1)2次感染リスク

(2)インフルエンザの個人レベルのリスク

4.予防接種の政策評価

5.まとめ

章末確認問題

chapter7 受動的サーベイランスとそのデータ分析

1.はじめに

2.サーベイランスの定義

3.サーベイランスに関わる用語

(1)受動的サーベイランス(passive surveillance)と積極的サーベイランス(active surveillance)

(2)全数サーベイランス(universal case reporting surveillance)と定点サーベイランス(sentinel surveillance)

(3)症候群サーベイランス

(4)検査室ベースドサーベイランス

4.サーベイランスの構成要素

(1)収集(collection)

(2)照合(collation)

(3)解析と解釈(analysis and interpretation)

(4)普及と利用(dissemination and utilization)

5.サーベイランスの利用

(1)流行の大きさを推定

(2)感染分布と蔓延の把握

(3)病気の自然史を理解する

(4)仮説を立て研究を刺激する

(5)アウトブレイク発生の検出

(6)管理・予防策の評価

6.受動的サーベイランスの問題点

(1)努力とリソースの重複

(2)アウトブレイクの特定と報告の遅れ

(3)地域レベルの普及とフィードバックの不足

(4)訓練とサーベイランス実務活動の統合の欠如

(5)プログラム評価が限定的

(6)研究室の関与が不十分

7.まとめ

章末確認問題

chapter8 アウトブレイクの早期検出

1.アウトブレイク検出のコンセプト

閾値と異常

2.アウトブレイクの定量的な定義問題

(1)アウトブレイクの数理的定義

(2)報告の遅れの調整

(3)系統的なばらつき

(4)過去の異常による影響

(5)アウトブレイク検出システムの複雑さと堅牢性

3.閾値決定の方法

(1)回帰法

(2)時系列分析

(3)統計的プロセス制御法

(4)地理情報を組み込んだ技法

4.アウトブレイク検出のためのサーベイランスの実際

5.まとめ

章末確認問題

chapter9 感染症数理モデル入門

1.短期的な感染症流行の特徴

2.コンパートメントモデル

3.アウトブレイクを起こす条件

4.アウトブレイク初期の感染拡大の速度

5.集団免疫閾値

6.最終規模

(累積罹患率または流行サイズ)

7.人口の異質性

(1)可視化による理解

(2)行列による理解

8.伝播の異質性を加味したSIRモデル

9.数理モデル補論

(1)線形微分方程式の解

(2)最終規模方程式の導出

(3)次世代行列の使用

(4)異質性を伴うSIRモデルからの次世代行列の記述

(5)保有宿主(リザーバ)の数理的定義

chapter10 流行のモニタリング

1.実効再生産数

(1)ある世代tでのR

(2)2次感染の評価指数としての実効再生産数

2.実効再生産数の種類とその推定

(1)瞬間的再生産数(instantaneous reproduction number)

(2)コホート再生産数(cohort reproduction number)

(3)2つの再生産数の使い分け

3.実効再生産数の統計学的推定における注意点

(1)報告遅れの調整

(2)感染日の関数としてR(t)を推定

(3)適切な世代時間の必要性

(4)平均化ウィンドウ

(5)さらなるデータの問題点

4.Rを用いた推定

(1)データセットについて

(2)分布について

(3)逆計算の実施

(4)遅れの補正を伴う再生産方程式

chapter11 2次感染のバラつきと流行発生確率

1.2次感染はバラつく

(1)スーパースプレッディング

(2)スーパースプレッディング現象による公衆衛生対策の示唆

2.大規模流行の確率

(1)分岐過程モデル

(2)輸入感染者による流行確率

(3)中国の移動制限による日本でのリスク低下

3.流行収束

(1)流行収束の判定

(2)診断バイアスの問題

4.さいごに


章末確認問題 解答編

索引

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書籍情報

  • ISBN:9784765318822
  • ページ数:240頁
  • 書籍発行日:2021年10月
  • 電子版発売日:2021年10月6日
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