序文

ひとが住み慣れた環境で自分らしい生活を送るためには，日常生活動作などの一般的な動作能力や，仕事や趣味活動などの特殊な動作能力における実用性が重要となる．このような動作の実用性は，疾病や外傷，そして，その後の不動状態によって惹起される疼痛，創傷，拘縮，筋力低下，随意性の低下，筋緊張異常などさまざまな機能・構造障害によって障害される．したがって，理学療法においては，動作の実用性の維持・向上を図るための運動学習をすすめる前段階として，機能・構造障害に対する治療を実施し，運動学習をすすめやすいような身体状態を準備することが重要となる．そして，そのような治療手段の一つとして物理療法が重要な役割を担うことになる．

しかし，わが国の理学療法の臨床場面における物理療法の実施状況は，施設や個人によって大きな格差があるように思われる．また，物理療法プログラムを選択するための臨床判断の根拠となるようなエビデンスの蓄積も不十分であるのが現状であると思われる．

このような状況に鑑みて，本書は，多忙な臨床場面において，担当症例の臨床症状に適した物理療法を効率よく，そして，根拠をもって選択するための臨床判断を支援するための「臨床判断ガイドブック」としての機能を発揮することをねらいとして企画した．

内容としては，従来の治療法別の章立てではなく，臨床場面における臨床症状の状況に応じた物理療法を選択することができるよう，臨床判断の思考過程に沿った章立てとし，疾患別のデシジョンモデルを見ればすぐにそれが分かるように工夫した．また，それらのデシジョンモデルの根拠となる系統的総説など最新のエビデンスについても示されている．さらに，治療法別の機器の特性，治療方法，適応，禁忌等についての系統的な理解を深めることができるよう，後半の部分に治療法別の基本的情報に関する章立てを組み込んだ．

そして，創傷治癒に対するより積極的な物理療法を展開するために必要な組織のリモデリングに関する基礎的情報と，電磁両立性に代表される物理療法機器の安全管理のための概念を示した．それぞれの項目を物理療法の発展に熱意を有する第一線の理学療法士や研究者の皆様にご執筆いただいたことにより，充実した内容としてまとまったことを心から感謝したい．

本書が，真摯に臨床活動に取り組む理学療法士の皆様の物理療法に関する適切な臨床判断を支援することにより，機能・構造障害に苦しむ多くの方々の症状を改善させるための一助を担えることができるよう期待したい．

2007年9月

木村貞治