序文

機械文明が発達した先進国では，健康の維持・増進は社会における大きな問題となっています．この健康問題を解決する大きな鍵となっているのが“運動”です．運動の重要性に真っ先に気づき対応したのが，第二次世界大戦で一人勝ちし機械文明に先行したアメリカです．機械文明がもたらす運動不足が健康に及ぼす影響についての社会的問題の流れは，世界経済の発展により先進国に相次いで波及しました．今では発展途上国においても，運動が国民の健康問題解決の重要手法として理解されるようになってきているほどです．このように運動と健康との関係は全世界的に認知されるようになり，わが国では健康運動指導士といった運動の指導にかかわる資格が社会的にもよく知られるようになりました．本書は，運動指導にかかわる専門家およびその養成課程に在学する学生を対象に企画されました．わが国では，運動により健康を維持しようとするばかりでなく，増進をも図ろうとの流れが社会に定着しています．この流れを受けて体育学・スポーツ科学系，健康科学系，さらには健康指導に従事する保健師，管理栄養士を養成する大学などの高等教育機関では，運動およびその指導理論・実践の科目が不可欠となってきています．

本書『健康・スポーツ科学テキスト　機能解剖・バイオメカニクス』は，このような流れの中，“動き”について吟味し，次のような内容で構成されています．

「Ⅰ．総論」では，基礎科学の観点から，関節の動きと全身の動きとの関係を述べ，次いで測定・研究方法の基礎をまとめています．科学的思考，研究への足がかりとなるでしょう．「Ⅱ．動きの基本」では，理学療法の視点から，動きの基本である骨と筋の働きを概観し，詳細には体幹，上肢，下肢についての構造と機能・運動をまとめています．

「Ⅲ．全身の動き」においては，日常的な動きである“立つ”“座る”などについて，健康運動については“水中歩行”“泳ぐ”などの動きが解説されています．さらには，そうした動きの基礎となる神経機構についても解説がなされています．

「Ⅳ．中高齢者の動きの特性」では，健康運動においては最も重要な対象である中高齢者について包括的なまとめがなされています．

このように本書は，運動・スポーツ科学の専門家と理学療法の専門家とが，各々の専門領域をわかりやすく解説しています．本書は，現在，活躍中の運動指導の専門家はもとより，これから専門家を目指す学生にとって，“運動を科学する”ための教科書として，あるいは副読本として有用なものとなるでしょう．

2011年4月

中京大学学長　北川　薫