神経発達症群<講座 精神疾患の臨床9>

  • ページ数 : 512頁
  • 書籍発行日 : 2024年5月
  • 電子版発売日 : 2024年6月21日
19,800
(税込)
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商品情報

内容

近年の多くの調査では,人口の1割以上において,主要な神経発達症のいずれかに該当することが示唆されている.成人後に初めて診断されるケースも多く,児童や精神発達症を専門としていない精神科医も無視できない状況となっている.本書は,神経発達症群全般における概念や分類の歴史的変遷をはじめ,知的発達症,自閉スペクトラム症,注意欠如多動症,発達学習症を軸に,診断概念,病態,原因,治療・支援に関する現時点での最新知識を概観できるようまとめている.

序文


20世紀終わりから21世紀初頭にかけて精神医学の中での位置づけが最も劇的に変わったものの1つが,神経発達症群(neurodevelopmental disorders)であろう.

このグループに属する障害は,かつては「精神薄弱(mental deficiency)」あるいは「精神遅滞(mental retardation)」と一括りによばれ,精神医学の主要なテーマとして顧みられることはなかった.1940年代以降に「自閉症」や「微細脳機能障害」などの概念が出され,これらは知的機能の異常だけでは説明できないものと考えられたが,当時は児童精神科医を除く多くの精神科医にとっては半ば「他人事」という認識であった.

「発達」という概念が診断分類の中に導入されたのは,1980年に出版されたDSM‒IIIであった.しかし,それはあくまで「通常は乳幼児期・小児期・青年期にはじめて明らかとなる(診断される)障害」というグループの中での話であり,成人期にわたって精神医学の対象であり続けることがあまり想定されていなかった.

2013年に出版されたDSM‒5では,発症あるいは診断される年齢によって精神障害をグループ化することを廃止し,すべての年齢帯で精神医学の対象となり得るグループとして「神経発達症群」を切り出した.ICD‒11もその方針を踏襲している.ここに,神経発達症を成人期以降も含めてすべてのライフステージにわたって広く精神医学の対象と考えるべきであるというメッセージが明確に示されたといえる.

実際,近年示されている多くの調査から,主要な神経発達症(知的発達症,自閉スペクトラム症,注意欠如多動症,発達性学習症)の少なくともどれかに該当する人の頻度が人口の1割以上に及ぶことが示唆されている.児童期~思春期に未診断であった人たちが成人期に初めて診断されるケースも後を絶たず,神経発達症は児童を専門としない多くの精神科医にとって他人事とはとてもいえない状況になっている.いまや,神経発達症群は,すべての精神科医が診療においてまず念頭に置いておくべきものであり,精神科を受診する人たちにつけられる診断の割合も上位を占めるグループである.

神経発達症群の台頭は,学問としての精神医学に対しても大きな影響を与えた.自閉スペクトラム症や注意欠如多動症などの主要な神経発達症について,ドイツ精神病理学にも精神分析学にもない概念や用語の整理が必要となった.これがちょうどDSM‒III以降の操作的診断分類の流れと同じ時期であったことにより,神経発達症群の診断概念と分類は,主として他覚的行動所見によって整理されることになった.現在の神経発達症群の分類体系は,近代的な操作的診断分類の申し子といってもよいであろう.

一方,発達の概念が導入されて半世紀近くが経過したとはいえ,乳幼児期から老年期までのライフスパンを通じて神経発達症の症状がどのように推移し,どのように生活の支障となるのかについて,まだ研究は十分とはいえない.課題としては,乳幼児期と成人期~老年期にかけてのエビデンスが不十分であることが挙げられる.これらは,早期発見によって乳幼児期から支援が開始されたケースが老年期まで継続的に観察されることが可能となってはじめて確固たるエビデンスとなるものである.1990年代から一部の地域で活発となった早期発見・早期支援は,徐々に世界各地で行われるようになってきた.それに伴い,自閉スペクトラム症を中心として乳幼児期の発達の特徴に関する知見が蓄積されている.今後は,各ライフステージで神経発達症の症状がどのように推移していくのか,そしてどのような状態で老年期に至るのかを縦断的に観察し,エビデンスに結びつけていく作業が求められる.

近年では,成人当事者を中心とした発信が活発に行われ,その中から「神経学的多様性(neurodiversity)」のように神経発達症を疾患とみなすのではなく,脳神経系の多様なあり方の少数の一部であるという考え方が提唱されている.生物学的変異であることと疾患/障害であることとを分けて考えることは,現代的な障害観に通じるものであり,ここでも神経発達症が障害の社会学的理解を進めるうえで象徴的な役割を果たすことになりそうである.

このような神経発達症群の精神医学的あるいは社会学的な役割をふまえ,本巻では神経発達症群全般における概念や分類の歴史的変遷,診断,アセスメント,治療と支援,教育,社会的支援について整理するとともに,知的発達症,自閉スペクトラム症,注意欠如多動症,発達性学習症を軸として診断概念,病態,原因,治療および支援に関する現時点での知識を概観できるような項立てを行った.精神科医には,必ずしも神経発達症を専門としなくてもご一読いただきたい.神経発達症には精神科医以外にも多くの職種が関わるが,とくにこれを専門とした研究を志す方々にはぜひ読んでいただきたい内容となっている.

最後に,本書の企画・編集にご協力いただいた今村明先生,岩波明先生,吉川徹先生に心よりお礼を申し上げる次第である.先生方の見識とご協力なしに本書は完成しなかった.また,各項目の執筆を快諾していただき素晴らしい原稿を執筆してくださった先生方にも感謝申しあげたい.本書が,神経発達症群に関わる多くの臨床家と研究者の役に立つことができれば,望外の喜びである.


2024年4月

信州大学医学部子どものこころの発達医学教室
本田秀夫

目次

1章 神経発達症群 総論

神経発達症群の概念・分類とその歴史的変遷

神経発達症群における鑑別と併存症

神経発達症群と関連の深い身体疾患・神経疾患

心理アセスメント

乳幼児期の神経発達症群の早期発見と支援

幼児期~思春期の外来診療

幼児期~思春期の入院治療

通所支援サービス

学校との連携(小学校~高等学校等)

成人期の診療

神経発達症群の成人デイケア

高等教育(大学等)との連携

就労支援

職業生活を維持するための支援

余暇活動支援

家族支援・当事者団体

発達障害者支援センターと地域の支援体制

神経発達症とひきこもり

adverse childhood experiences(ACEs)

Topics 神経発達症と性別不合

Topics 神経発達症への医療人類学的アプローチ

Topics ニューロダイバーシティ

2章 知的発達症

概念,疫学,症候,診断基準

原因,病態に関する研究

知的発達症の治療と教育

治療,支援(成人)

Topics 強度行動障害

3章 発達性学習症

概念,疫学,症候,診断基準

原因,病態に関する研究

心理教育的アセスメント

支援の基本的な考え方

Topics ICT,ロボットを活用した支援

高等教育における合理的配慮

4章 自閉スペクトラム症

概念,疫学,症候,診断基準

原因,危険因子,病態に関する研究

治療,支援(知的発達症を伴う場合)

治療,支援(知的発達症を伴わない子ども)

治療,支援(知的発達症を伴わない成人)

薬物療法

非薬物療法と支援

Topics 早期発見と早期支援

5章 注意欠如多動症

概念,疫学,症候,診断基準

治療,支援(子ども)

治療,支援(成人)

薬物療法

非薬物療法と支援

Topics ペアレント・プログラム

6章 その他の神経発達症群・関連する障害

発達性発話又は言語症群

発達性協調運動症

一次性チック又はチック症群

同運動症

排泄症群(遺尿症・遺糞症)

秩序破壊的又は非社会的行動症群-反抗挑発症

秩序破壊的又は非社会的行動症群-素行・非社会的行動症

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書籍情報

  • ISBN:9784521748290
  • ページ数:512頁
  • 書籍発行日:2024年5月
  • 電子版発売日:2024年6月21日
  • 判:B5判
  • 種別:eBook版 → 詳細はこちら
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