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- 頭のなかをのぞく 神経解剖学入門
商品情報
内容
「先入観にとらわれない脳のスケッチ」を指導したことで知られている著者。本書は、2011年末に急逝した著者に「萬年式」神経解剖学を学んだ岩田誠東京女子医大名誉教授が遺稿を整理,完成させたものである。
写真・図・表を約160点掲載。
序文
刊行にあたって
この本は一人の卓越した神経解剖学者が,これから脳の研究を始めようとする若手研究者や学生のために最後に書き残した神経解剖学序説であります.読者は,この本を手にして,著者のほとばしる情熱に導かれて,脳という高嶺に挑戦する決意を新たにすることでしょう.
著者の萬年甫先生は旧制府立高等学校から東京大学医学部へ進まれ,神経解剖学の泰斗小川鼎三教授の脳研究施設で人脳の連続切片の観察から始められました.以来60 年余に亘るご研究の成果は,原著35篇,総説17 篇,著書18 冊,翻訳書14 冊,古典紹介4 篇,他エッセイなど20 篇に刻まれています.原著数からみれば必ずしも多産とはいえないかもしれません.しかし1 編の論文のスケールの大きさには圧倒される思いであります.
東京医科歯科大学で先生が『猫脳ゴルジ染色図譜』(英文,岩波書店,1988)を執筆されていた頃,解剖学教室の隣の講座にいた私は幸運にもその進行過程を覗きみる機会に恵まれました.1 枚の図を作成するためにトレースするモンタージュ写真は何十枚もの顕微鏡写真を貼り合わせたもので,大きいものでは畳一畳ほどのベニア板に貼り付けられていました.研究室は多数のモンタージュ写真が立ち並び,さながらオペラの舞台裏をみるようでした.
ご定年後は週一日を東邦大学医学部で講義と文献収集に当てられた以外,書斎で執筆に専念されました.ご自身を「孤猿」と称され,ときどきお宅にお訪ねすると「世間からの情報源」と歓迎していただいたものです.研究方法を軸足として纏められた神経解剖学の歴史『脳を固める・切る・染める̶先人の智恵』(メディカルレビュー社)はご生前最後の出版になりました.しかしジュール・スーリイ(1899)の『中枢神経系̶構造と機能・諸学説の史的批判』の翻訳と,パリ留学中の日記を纏めた『滞欧日記』は,原稿の校正中に急逝なさいましたことが悔やまれてなりません.
この本,『頭のなかをのぞく神経解剖学入門』は,東京女子医科大学名誉教授岩田誠先生との対談から始まっています. 著者との対談は通常巻末に掲載されることが多いようですが,本書では冒頭におかれています.そのため読者は生前の著者から直接話を聞くようなくつろいだ雰囲気のなかで,いつのまにか研究の面白さへと誘い込まれていきます.このような編集方法も落語をこよなく愛された先生の得意な話術によるものでしょう.
この対談のなかで,研究は現象から始めなければならないことを話されています.日頃先生はよく私たちに「指紋を捺したような研究を」とおっしゃいました.「指紋を捺す」ということは,自然の観察から何か面白いことを自分の目で探し出してこそ可能なことです.このことは先生の一連のライフワークを出発点へ辿ってみればよくわかります.
先生は学生時代に人脳の連続切片標本を観察しているとき,神経細胞体の大きさや形が神経核によって違っていることに気付かれました.そこで,その違いがはっきり出ている細胞質内のリポフスチン顆粒(消耗色素)に着目され,その量と分布を丹念に記載されました.対象は9 歳から64 歳に至る人脳8 例で,各々の神経核からスケッチした約2 万5千個の神経細胞のうち196 個の細胞がカラー印刷になっています.この労作は先生の大学院学位論文になりました.当時この研究はどのように応用されるか不明でしたが,今日ではアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患にみられる特定神経細胞内の異常物質の蓄積とその処理機能に関係する基本的な問題になっています.
神経細胞の細胞体に違いがあるなら,当然神経細胞の突起にも特徴があるに違いないと推測された先生は,次にゴルジ法を習得して突起の広がりのパターンを観察されました.その観察から生まれた「開放核と閉鎖核」の概念は脳全体の神経核へ押し拡げられ,実に30年を経て前記『猫脳ゴルジ染色図譜』の大著に結実しました.
さらに先生は切片越え追跡法(長い突起を多数の連続切片から構築する方法)によって長い神経突起を起始部から先端に至るまで追跡された結果,突起はあちこちで枝分かれし,多数の神経細胞へ刺激を送ることが明らかになりました.「神経線維の全長を見るなんて---」ということは誰しも考えもしなかったことです.こうして脳を構成する神経網は従来よりももっと複雑なものと考えられるようになりました.最高機能を誇る最新のスパコンもヒトの脳にはまだ及ばないでしょう.
萬年教授の講義は複雑な脳の構造を神経発生学を切り口にして説明されたので,実に明快でした.本書でもこの方針がとられています.初期の発生学者がいみじくも言ったように,発生は「単純から複雑への移行」ですから,時計のねじを逆戻りさせると複雑系が単純化されます.
最後にこの複雑な脳の構造を解明するために人類はどれほど多くの時間と労力を積み重ねてきたかが述べられています.科学史を紐解くことは懐古主義からではありません.研究の流れのなかで自己の研究がどこに位置するかを知るためと言ってもよいでしょう.
萬年甫先生は「ラモニ・カハールのあとを」を常に意識して研究に没頭されました.若い人たちが本書を座右にして,独創的な神経学研究へ向かって力強い一歩を踏み出されることを切に願ってやみません.
2013年7月
和氣健二郎
東京医科歯科大学名誉教授
目次
刊行にあたって (和氣健二郎)
1 対談解剖学はなぜ必要か(聞き手岩田誠)
2 「脳」と「腦」
3 脳と脊髄の形
4 神経系の構成要素
5 脳研究5000年
6 ニューロンの真景を求めて
7 結び脳を透視する技術
付録 ヨーロッパの脳研究施設を訪ねて
あとがき (岩田誠)
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書籍情報
- ISBN:9784521737713
- ページ数:280頁
- 書籍発行日:2013年8月
- 電子版発売日:2015年5月8日
- 判:A5判
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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