気分症群<講座 精神疾患の臨床1>

神庭 重信 (編集主幹・担当編集) / 松下 正明 (監) / 中山書店

  • ページ数 : 504頁
  • 書籍発行日 : 2020年5月
  • 電子版発売日 : 2020年11月27日
16,500
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商品情報

内容

現代社会において身近な病とされている「うつ病」「躁うつ病」ならびのその周辺の疾患について,最新の国際疾病分類ICD-11の診断カテゴリー「気分症群 mood disorders」に準拠して徹底解説.疾患概念の変遷や診断・鑑別診断,年代別・性別の症状・症候の特徴,病態,各種治療法等について,各領域の専門家が詳細に言及している.診断や治療に難渋することの多い気分症群の実地臨床に必携の一冊である.

あわせて読む → 「講座 精神疾患の臨床」シリーズ

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序文

精神医学・医療には様々な進歩がみられているが,なかでもこの30年の大きな変化として,身近な病としてうつ病が理解され,メンタルヘルスへの関心が日本社会に広く普及したことを挙げることができる.そのきっかけの一つはWHOによる障害調整生命年(disability adjusted life years:DALY)の採用であった(2000年).この結果,精神疾患による疾病損失が極めて大きいことが明らかになった.なかでもうつ病は全疾患中,第3位に位置づけられたばかりか,2030年には1位に浮上するだろうと予測された.これらの報告に精神医療関係者はみな驚きをもって接したに違いない.そして実際に,2008年の厚生労働省患者調査では,わが国のうつ病・躁うつ病の受診者が年間100万人になったと報じられている.1999年には40万人台にとどまっていたことを考えると,様々な理由が想定されているが,その増加はあまりに急である.

日本社会がバブル景気から一転して大不況の時代へと突入し,わが国の自殺者が年間3万人を超えたのは1998年のことである.自殺対策基本法が2006年,続いて大綱が2007年に策定され,県・政令都市単位で自殺対策協議会が設置され,自殺のリスク因子としての精神疾患,なかでもうつ病の啓発と早期発見・介入(ゲートキーパー養成,病診連携,診療科間連携など)が推し進められた.ほぼ同時期に,過重労働によるうつ病や自殺が社会問題となり,職域でのメンタルヘルスの重要性が認識され,ストレスチェック制度の確立へとつながった.2011年には「四疾病五事業」に「精神疾患」が加わり「五疾病五事業」となり,これにより,地域医療計画を自治体ごとに立てていくことが義務づけられた.このようにして,日本国内にメンタルヘルス対策が徐々に張り巡らされだしたのである.

一方,精神医学にも大きな変化が見られている.診断分類では,この間の研究成果が取り込まれ,DSM‒IVはDSM‒5に,ICD‒10はICD‒11へと改訂された.気分症群〈気分障害〉の研究でいえば,双極症〈双極性障害〉とうつ病とを独立した疾患と考えるのではなく,両極の間には連続して変化する病像が布置しているとするスペクトラム概念が議論され,躁症状とうつ症状が混在する病像への理解が深まり,新しい診断分類に反映されている.DSM‒5では,双極症と統合失調症に共通する遺伝子の存在および画像所見,組織変化,脳波所見の類似性が相次いで報告され,「気分障害 mooddisorders」という大分類を排除し,「統合失調症スペクトラム障害 schizophrenia spectrum」「双極性障害および関連障害群 bipolar and related disorders」「抑うつ障害群 depressivedisorders」を,相互の関連性を考慮して並べて分類した.一方,ICD‒11では「気分症群 mood disorders」という括りには臨床上の有用性があるとして,この大分類名を残している.加えて,DSM‒5では「月経前不快気分障害 premenstrual dysphoric disorvder」が抑うつ障害群に位置づけられているが,ICD‒11ではprimary parentとして「腎尿路生殖器系の疾患」(第16章)に分類され,secondary parentとして抑うつ症群の箇所にも配置されている.なおDSM‒5が採用した重篤気分調節症(disruptive mooddysregulation disorder: DMDD)はICD‒11では採用されていない.一方,ICD‒11には双極症にI型,II型の概念が導入され,DSMとのハーモナイゼーションが図られている.

治療法にも新たな展開が見られた.1999年には,SSRI(選択的セロトニン再取込み阻害薬)に分類される薬物はフルボキサミンしかなかったが,新薬開発のタイムラグが短縮され,SSRI/SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取込み阻害薬)などの抗うつ薬が次々と上市された.一方で,抗うつ薬によるアクチベーションや断薬症状が注意喚起され,また難治化しがちな双極症の抑うつエピソードに対して抗うつ薬を使用するリスク・ベネフィットをめぐる議論が盛んに行われるなか,一部の抗精神病薬や抗てんかん薬の有効性が示され,治療ガイドラインの改訂が重ねられている.非薬物療法においては,従来の精神療法に加えて,工夫された疾患教育,認知行動療法,対人関係療法,行動活性化,マインドフルネスなどが開発され,治療の選択肢が広がった.

ライフサイエンスの領域では,世界中で脳科学が隆興し,技術革新とともに,ゲノムレベル,分子・細胞レベルから回路レベルにわたる研究がめざましく進んだ.日本でも,2013年に「脳とこころの健康大国実現プロジェクト」が立ち上がり,各省庁および日本医療研究開発機構(AMED)は,精神・神経疾患を重点疾患と位置づけ,研究を推進した.このプロジェクトは,「脳の構造・機能の解明等の研究開発」と「認知症やうつ病などの発症メカニズムの解明,診断法,適切な治療法の確立」を目指すと謳い,うつ病は重要な研究対象として浮上した.これらの潮流のなかで,基礎研究と臨床研究との融合が図られ,国内外の共同研究が推進され大規模臨床研究が開始された.

ちなみに人類は,20万年前の環境適応に成功した脳を持ち,高度に進歩した文明社会を生きている(EO Wilson).人の社会行動は,この脳に組み込まれた基本的行動から自由ではない.しかしながら,脳の個体発生と発達は,その過程において,「素因」対「環境」という二項対立ではなく,遺伝子・環境相関というプロセスをもって漸次進行し,豊かで多様な思考,感情,行動を可能とする.養育環境は,マクロな視点に立てば,部族社会の掟(FA von Hayek)に象徴される様々な社会文化のあり方へとつながっているのであり,人は,進化と文化により二重にコードされていると言い換えることができる.脳とこころの研究が進み,この壮大かつ複雑な謎が解き明かされ,思考,感情,行動の生得的で普遍的な構造と,それが変形され精神病理として現れる仕方と,さらにはその恒常性を取り戻す仕方とを,深く理解することで,これまで抽象論に終始しがちであった生物・心理・社会モデルをより豊かに議論することができるだろう.

話をもどすと,私たちは,患者と向き合い,その問題の解決をめざして,精神療法の可能性,薬物療法やECTなどの可能性を探り出さなければならない.そのためには,患者の症状とその発生過程を詳細に把握するとともに,患者の人生の鍵体験を,自分のこころに映し出して,写し取る必要もある.これらの作業を的確に進めるには,診断,精神療法,薬物療法,リハビリテーション,社会資源の活用にわたり,最新の情報に精通することが求められる.本書は,これらの必要に応えるべく,気分症群の臨床において実践的に活用できる知と技の集大成をめざした.気分症群の臨床では診断や治療に難渋することは少なくない.その際,本書を手にして頂ければ,問題を解く手がかりを,きっとどこかに見つけることができると思う.


2020年5月

九州大学名誉教授
神庭重信

目次

1章 概念・診断・疫学

疾患概念と分類の歴史 (本村啓介)

今日の分類と診断 (松本ちひろ)

気分症群の概念と診断,鑑別診断

 抑うつ症群 (本村啓介,神庭重信)

 双極症または関連症群 (川嵜弘詔)

境界を接する精神疾患との鑑別と併存精神疾患 (大森哲郎)

内因性うつ病概念は何のために (大前 晋)

気分症群の疫学と社会負担 (西 大輔)

 Topics 双極症の当事者会 (鈴木映二)

2章 症候・症状論と精神鑑定

児童・思春期の気分症群 (岡田 俊)

若年者の抑うつ症-「現代抑うつ症候群」の提唱 (加藤隆弘)

高齢者の気分症群 (稲村圭亮,繁田雅弘)

女性の気分症群 (加茂登志子)

退行期メランコリー (古茶大樹)

気分症群と身体疾患 (西村勝治)

 Topics 一般科医・精神科医連携を考える (白川 治)

気分症群と自殺 (井上佳祐,河西千秋)

 Topics 生態系としての近代文明社会と抑うつ-年齢階層別・年度別自殺率100年間変動マップは社会と幸福について何を語るか (豊嶋良一)

気分症群と創造性 (芝伸太郎)

気分症群の精神鑑定 (村松太郎)

3章 病態

抑うつ症群のゲノム研究 (金沢徹文,池田匡志)

抑うつ症群の画像研究 (岡田 剛,岡本泰昌)

Topics ニューロフィードバック (岡本泰昌,高村真広)

抑うつ症群の大規模臨床研究 (小川雄右)

抑うつ症群のバイオマーカー (竹林 実)

双極症の生物学的研究(加藤忠史)

双極症のゲノム研究 (池田匡志,金沢徹文)

うつ病をめぐるグローバルとローカル-医療人類学的視点 (北中淳子)

気分症群と産業精神衛生 (吉村玲児)

 Topics うつ病は「こころの風邪」ではない! (樋口輝彦)

4章 治療

治療総論

 抑うつ症群 (神庭重信)

 双極症 (山田和男)

薬物療法

 抑うつ症群の薬物療法 (渡邊衡一郎)

 Topics うつ病,抗うつ薬と自動車運転 (岩本邦弘)

 双極症の薬物療法 (寺尾 岳)

 Topics サングラス療法?双極症の新しい補完的治療 (寺尾 岳)

 Topics EGUIDEプロジェクト (橋本亮太,渡邊衡一郎)

 抗うつ薬・気分安定薬の作用機序 (茶木茂之)

 Topics 新規抗うつ薬としてのケタミンの光学異性体 (橋本謙二)

 気分症群治療の重要なメタ解析 (三浦智史)

精神療法

 気分症群における支持と共感 (青木省三,村上伸治)

 心理教育 (市来真彦)

 認知行動療法 (原田誠一)

 Topics 気分症群~複雑性PTSDと関連の深い「児童虐待,いじめ,パワハラ,教師による体罰」に関するデータ (原田誠一)

 Topics 気分症群の遷延化と関連の深いPTSDの歴史・文化的背景-差別~軍隊・戦争との関連について (原田誠一)

 マインドフルネス認知療法 (佐渡充洋)

 対人関係療法 (水島広子)

 森田療法 (中村 敬)

 力動精神療法 (生地 新)

作業療法 (田中佐千恵,杉山暢宏)

気分症群の復職支援 (有馬秀晃,秋山 剛)

抑うつ症群の治療ゴールと再燃・再発予防 (小笠原一能)

 Topics 公認心理師の役割 (久保浩明,黒木俊秀)

ニューロモデュレーション

 電気けいれん療法(ECT) (安田和幸,布村明彦)

 反復経頭蓋磁気刺激療法(rTMS) (鬼頭伸輔)

 Topics 治療抵抗性うつ病に対する脳深部刺激法(DBS)-有効性と安全性 (山末英典,杉山憲嗣)

 Topics うつ病・双極症に対する経頭蓋直流電気刺激法(tDCS)-有効性と安全性 (亀野陽亮, 山末英典)

新しい診断技術

 近赤外線光トポグラフィー(NIRS) (野田隆政)

情報通信技術(ICT)の活用 (岸本泰士郎)

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書籍情報

  • ISBN:9784521748214
  • ページ数:504頁
  • 書籍発行日:2020年5月
  • 電子版発売日:2020年11月27日
  • 判:B5判
  • 種別:eBook版 → 詳細はこちら
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