序文

ドイツ帝国初代宰相のオットー・フォン・ビスマルクの有名な格言に「愚者は経験に学び，賢者は歴史に学ぶ」があります．“賢者”であれば他人の苦い経験を知ることで，自分自身が同じような境遇にあった場合でもうまく乗り越えることができるのでしょうが，一般的には難しいことだと思います．経験しなければわからないことも多く，特に外科手術は実際の経験に勝るものはありません．しかし1 人の整形外科医が経験できる症例には限界があり，頻度が高くない手術であればなおのことです．また治療に難渋する症例や反省しなければならない症例はできるだけ経験したくはありません．そこで私はビスマルクの格言を，「自分が経験したことがないことでも先人や仲間の先生方が経験したこと，すなわち歴史を学ぶことで，自分自身がより多くの経験を共有し身に着けることができる」というふうに勝手に解釈しています．

整形外科治療において，他人から学ぶことはどのような症例であっても大変有意義なのですが，私としては成功した症例よりもあまりうまくいかなかった症例のほうが印象深く残ります．まさに偽関節は骨折治療の反省すべき歴史そのものであり，新鮮骨折の治療から結果までの順調に進まなかった過程がわかっていて，われわれに貴重な知見を与えてくれます．

偽関節治療はその結果をみて，うまくいかなかった原因を考えるところから始まります．骨癒合が得られなかった原因を探り，それを解決するための方法を模索し実践して骨癒合を獲得するとともに機能回復を図ります．そして加えて大事なことは，同じような失敗を繰り返さぬために今後出会うであろう新鮮骨折治療に偽関節治療の歴史を生かすことにあります．偽関節治療を成功させることは重要ですが，次に経験する新鮮骨折治療で良好な結果を獲得できなければ意味はないのです．読者の皆様方には私が紹介した偽関節症例を自分の苦い経験の如く理解し，さらにご自身の経験も加えたうえで今後の新鮮骨折治療に当たっていただけましたらこれほど嬉しいことはありません．

ビスマルクの先の格言は正確には，「愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている．私はむしろ，最初から自分の誤りを避けるために，他人の経験から学ぶのを好む」だそうです．

本書は『整形外科サージカルテクニック』vol.8 no.5（2018 年）からvol.11 no.1（2021 年）までの間に「失敗から学ぶ　偽関節治療ケーススタディ」として連載した内容に加筆修正し，新たな症例や文献，症例によっては連載時よりも長くフォローアップできた画像を加え掲載しました．

2022年3月

松村福広
自治医科大学救急医学講座准教授