序文

癌診療におけるエンドポイントとして，全生存率などの腫瘍学的アウトカムが重要視されてきましたが，最近は生活の質（QOL）を評価することも一般的になっています。特に限局性前立腺癌では初回の根治的治療後の生存期間は長く，治療後のQOLを維持することの意義は高いと考えます。性欲・性活動は，食欲，睡眠欲とともにヒトが個人としてあるいは種として生きていくために必要な本能であり，QOLを構成する最も重要な要素の一つと言えます。前立腺癌は高齢者に多い癌腫ですが，高齢者の多くが性生活を享受していることはよく知られています。

積極的サーベイランスであれば（少なくとも身体的には）性機能に影響はありませんが，サーベイランスの適応になる症例は限られており，根治的治療が必要になる例が少なくありません。限局性前立腺癌に対する現在の標準的な根治的治療は手術（前立腺全摘除）あるいは放射線治療（小線源，外照射など）で高い腫瘍学的アウトカムが期待できますが，どちらも前立腺全体を治療するもので排尿障害のみならず性機能障害を起こすことが課題となっています。例えば小線源治療あるいは神経温存前立腺全摘除であれば治療後の勃起機能は維持されるかもしれませんが勃起の温存のみでは十分ではありません。また排尿機能にも少なからず影響がありえます。

男性性機能の両輪は勃起と射精で両者がともに重要であり，勃起しても射精を欠くのでは性機能の「画竜点睛を欠く」のではないでしょうか。少なくとも私はそのように感じます。Focal therapyは，根治を目指しつつ同時に勃起と射精の両機能の温存を目指せるという優れた利点を有しています。また排尿への影響が少ないことも示されています。重要なこととして，focal therapyの主な対象はsignificant cancerであり，サーベイランスの対象とは異なるということです。残念ながら，2020年現在，focal therapyは国内あるいは世界で広く普及しているとは言えませんが，海外からは期待できる結果として中期的成績が報告されるようになってきました。普及を妨げている一つの理由は，focal therapyを行うためには症例選択や治療自体にそれなりのコツや工夫が必要であることかと思われます。本特集では症例選択のための画像診断，生検，そしてさまざまなモダリティでの治療方法など，具体的で有用かつ最新の情報が満載されています。

Focal therapyは限局性前立腺癌に対して「画竜点睛」を目指す治療と言えます。本治療をこれから開始する先生方のみならず実際に施行している先生方におかれましても，本特集が一助になると信じます。

東京医科歯科大学大学院腎泌尿器外科学
藤井　靖久