核酸医薬と神経疾患

2019年12月に中国湖北省武漢市から発し全世界に感染大流行した新型コロナウイルス感染症（COVID—19）は，現時点で足かけ4年が経過したが，いまだに完全収束する徴候を見せていない．それは病因であるSARS—CoV—2に対する決定的な抑制作用を有する抗ウイルス薬がいまだに開発されていないためである．しかし，COVID—19に対するワクチンは驚くべき速さで複数開発されそして製品化され，発症予防の有力手段として全世界で使用されている．

ワクチンには，不活化ワクチン，組換えタンパクワクチン，ペプチドワクチン，mRNAワクチン，DNAワクチン，ウイルスベクターワクチンなど様々な種類がある．不活化ワクチン，組換えタンパクワクチン，ペプチドワクチンは不活化した新型コロナウイルスの一部やウイルスの一部のタンパクを人体に投与し，それに対して免疫を賦活させる．一方，mRNAワクチン，DNAワクチン，ウイルスベクターワクチンはウイルスの遺伝情報をそれぞれmRNA，DNAプラスミドとして，ヒトに投与することにより，ヒトの細胞内に入り，ウイルスの構成タンパク質を作ることにより，そのウイルスのタンパク質に対する抗体産生を促す．これが核酸医薬であり，天然型核酸（DNA，RNA）や人工核酸を基本骨格とする医薬品である．すなわち標的核酸と特異的に塩基対を形成することによって作用を発揮する．核酸医薬は従来の医薬品ではターゲットにしにくい細胞内の標的分子を標的にすることが可能であり，高い特異性を有する．さらに化学合成により製造可能であるために，治療標的分子を見いだすことができれば比較的短時間で製剤化しやすい利点を有する．COVID—19に対するmRNAワクチンで示されたように，きわめて短期間での創薬が可能であったことはその証左であろう．

近年，CMV性網膜炎，滲出型加齢黄斑変性症，高コレステロール血症，高カイロマイクロン血症，B型肝炎，急性肝性ポルフィリン症，遺伝性ATTRアミロイドーシス，原発性高シュウ酸尿症などの疾患に対して核酸医薬が開発され臨床応用されている．さらに，難病の多い神経疾患に対しても開発が積極的に進められ，デュシェンヌ型筋ジストロフィーや脊髄性筋萎縮症の治療に明るい光を投げかけている．このような状況にある核酸医薬について，その基礎から臨床応用まで，特に神経疾患の治療における研究開発の動向について本領域の専門家の方々に執筆をお願いした．神経疾患治療における核酸医薬の登場と今後の展望につき読者の理解が深まれば幸いである．

鈴木則宏