はじめに
本書の初版は2013 年に出版されました。4 年後の2017 年に第2 版を、そしてこのたび第3 版を上梓しました。お蔭様で初版、第2 版ともご好評をいただき、多くの医療関係者に読んでいただきました。約10 年間にわたって皆様のお役に立てたこと、大変光栄に、かつ嬉しく思っています。
元々、この本を上梓した最大の理由は、経営環境が厳しくなる中、診療所も「どんぶり勘定の感覚的な経営」から「数字に基づいた科学的な経営」に転換する必要があると痛切に感じたからです。
そこで第1 章では、「科学的な経営」を考えるうえで重要となる、診療所経営にまつわる「数字」と、それを「どう解釈するか」をまとめました。最新の統計データに基づいて、数字は大幅にアップデートしています。
昨今、診療所が継続して生き残ることは難しくなっています。少子高齢化と日本経済の伸び悩みを背景に医療財政は益々厳しく、全体のパイが増えない中、医療を必要とする患者数は増えています。医学が進歩し、新たな治療法に配分される医療費は増えても、診療所への配分が大幅に増えることは期待できません。
さらには新型コロナによって患者の受療行動は大きく変わりました。受診控えはいずれ解消しても、マスクや手洗いの定着により感染症患者が減少し、リモートワークの定着によりオフィス近辺での受診が減少するなど、疾病構造や受診の場は変化しました。一方で、病院への入院を避けた結果、在宅医療やオンライン診療は伸びています。
このように診療所を取り巻く環境が大きく変わりつつある中で、「継続して生き残るため」に必要となる基本的な考え方・方針が「経営戦略」です。診療所であるだけ、医師であるだけでは経営的な成功を収めるのが難しくなり、これまではあまり馴染みのなかった経営戦略に正面から取り組む必要が出てきたのです。
そこで第3 版では、新たに「経営戦略」に関する章を加えました。「診療所の経営戦略とは」「経営戦略策定のプロセス」「経営戦略とマネジメント」「ウィズコロナ時代の経営戦略」の各項目を第2 章に収めています。
また、経営戦略を実践するうえでは様々な障害があり、ノウハウが必要になります。私たちが診療所の運営や再生の支援を行う中で、実際に経験した事例や考察を第3 章で紹介しました。
私たちの会社メディヴァは、医療機関の専門的なコンサルティングと運営支援を目指して2000 年に設立しました。これまでに開業や運営をお手伝いした診療所は300 件を超えます。手前味噌ですが、お手伝いした診療所のほとんどは、経営がとても上手くいっています。開業された先生方の能力によるところは当然大きいのですが、同時に「経営には成功の方程式があり、その方程式に則って経営した」からだと思っています。
経営は「科学」です。「科学」は、つまるところ「数字」とその解釈です。「数字」を認識し、その背景にある考え方を理解し、活用することで、経営の方程式が解けるようになります。
開業すると通常は同じ立地で何十年と診療を続けることになります。何十年後に医療の需給バランスがどうなっているのか? どういう患者さんが増えて、自院はそれに対応できるのか? 等々、将来起こりうるシナリオを想定し、その対策を考えておくことは重要です。
今のような激動の時代に、答えを見つけることは容易ではありませんが、本書が診療所の健全な経営を考えるための一助となることを願っています。
2022年12月
大石佳能子