序
日常生活,仕事,趣味,スポーツ活動などを通して,人々がその人らしく生きていくためには,環境に適した身体の動作や運動が適切に遂行されることが重要となる。理学療法や作業療法の分野では,動作の障害や動作の構成要素となる要素的運動の障害の「予防」と「回復」を目的として運動療法が行われる。要素的運動となる単関節や複合関節における柔軟性,協調性,筋力,そして,合目的的動作である起居動作,歩行動作などの基本動作における安定性,協調性,速度性,持久性,応用性といった実用性の維持と改善を目的とした運動療法は,理学療法・作業療法において中核を成すものである。
運動療法の体系は,「疾患別運動療法」と「障害別運動療法」の2階層に区分されるが,本書では,これらのうちいろいろな疾患において共通性の高い「障害別運動療法」に焦点を当て,「基礎科学から臨床的実践技術」までを,わかりやすく,そして,系統的に学ぶことができるよう以下の4点に重点を置いて企画した。
1点目は,各障害の運動療法に関して,①基礎科学,②障害特性,③評価方法,④臨床判断の要点,⑤運動療法の基本的理論,⑥運動療法の臨床的実践技術,⑦運動療法のエビデンス,⑧予防的理学療法の意義,⑨研究の必要性という網羅的な共通項目を設け,個々の障害に対する運動療法の考え方や具体的な実践方法を系統的に学べるように工夫した点である。
2点目は,「知識として知っていること」と「実際に実施できること」とのギャップを埋めるために,上記の③評価方法や,⑥運動療法の臨床的実践技術の一部について,文章やイラストだけでは伝えられない“人の動き” や“治療技術の実際” を動画にて確認できるようQRコードを用いた動画配信サービスを提供するという点である。これにより,養成校の学生や新人セラピストの方々が,評価・治療の実際における所作を効率よく修得できるものと期待される。
3点目は,従来行われてきたような障害の改善を目的とした治療としての理学療法だけでなく,上記の⑧予防的理学療法の意義にあるように,超高齢社会の中で,いかにこれらの障害を予防するかという点について記述した点である。
4点目は,上記の⑦や⑨にあるように,運動療法の実践に関して,理論や経験則に基づいた紹介だけでなく,可能な限り最新で最良のエビデンスも交えて紹介するとともに,エビデンスが不十分な場合には,わが国の制度・文化・風土の下で行われたエビデンスを構築するための研究の必要性について言及した点である。このような学習を通して,わが国の理学療法や作業療法における根拠に基づく実践(evidence-based practice:EBP)の推進に寄与できるものと期待される。
本書におけるこれらの特徴を通して,既存の運動療法学関連のテキストとは内容的に異なった,新しいスタイルの運動療法学に関する情報を社会に発信することにより,養成校の学生や臨床現場の新人セラピストの方々が,“理” に根差した安全・効果的で科学的な運動療法の在り方を体系的に学び,人々の健康の維持・改善に寄与していただければ幸甚である。
最後に,上述した企画の趣旨を具現化するために,本書は,臨床現場や教育・研究現場の第一線でご活躍されておられるエキスパートの方々にご執筆いただいた。ご多忙の中,執筆にご協力いただいた皆様にこの場をお借りして心より感謝を申し上げたい。また,本書の発刊に向けて,企画から緻密な編集作業まで,粘り強く,そして,精力的に取り組んでいただいた金原出版の鈴木素子氏,芳賀なつみ氏に心より深謝したい。
2020年10月
木村貞治・高橋哲也・内 昌之