序文

「湿疹」を真正面に見据えて成書を編むのは，勇気が要る．方向性の決まった特殊性がある疾患であればまとめ易いし，論点も絞り易い．湿疹は日常診療上もっとも多く接する疾患であり，茫洋としている．だからと言って湿疹を避けて通ることはできない．

「しっしん」という言葉は，日常会話でも医療現場でもよく使用される．しかし皮膚科医以外は，炎症性皮膚疾患の総称として平易に使っていることが多いであろう．そこには，れっきとした病名という意識はない．本書はまずその曖昧さを説くことからはじめた．湿疹という言葉は古くからの歴史を負っている．湿疹三角も含めて，その歴史をある程度知ることも理解を深めるために必要である．

湿疹の臨床像の把握は皮膚科医にとって必須の技術である．湿疹は最も多彩な皮疹を呈する疾患であり，それが初学者にとっては理解と習得が難しい要因になっている．このような多様性を有する病変がなぜ「湿疹」という同一カテゴリーに属するのであろうか．個々の点状皮疹は時間的にシンクロナイズしなくなり，各々異なる状態となり，多様性を帯びる．さらには慢性化し急性期とは違った顔つきをみせる．臨床的に重要なことは，湿疹の多彩な皮疹は他の疾患との鑑別を強いる．その中には炎症性疾患のみならず，皮膚T細胞性リンパ腫や乳房外Paget病といった悪性腫瘍も含まれ，緊張感も漂う．

湿疹がどうして起こるか，そのメカニズムは皮膚科学研究の中心テーマの一つである．湿疹の代表的疾患である接触皮膚炎とアトピー性皮膚炎の機構を研究することにより，それについて答えられてきた．この二疾患の起こり立ちには湿疹のエッセンスが詰め込まれている．接触皮膚炎では，すぐさま反応の全行程を鳥瞰するような研究はできないが，メカニズムの各ステージを断層的に見つめることにより，湿疹の果てしない奥深さを垣間見ることができる．その結果，接触皮膚炎は刺激性とアレルギー性とに分けて説明されてきたが，その境界は明確なものではなく，両者はオーバーラップするものであることも分かってきた．アトピー性皮膚炎は，表皮の構造と皮膚免疫システムがいかに関連して，湿疹反応に導かれるかも明らかになった．

本書は各章を掻い摘まんで読んでもよいが，むしろ最初から読み，湿疹という皮膚病に思いを馳せることをお勧めする．実地医家は湿疹のイメージを構築する必要があり，それが為されれば皮膚病変の診かたも変わると信じたい．本書の意図を汲み取って各章を書いてくださった先生方には，心から感謝を申し上げる．

2022年5月

戸倉新樹