特集　中皮腫と石綿関連疾患

かつて胸膜中皮腫は石綿に曝露された労働者に発生する稀な疾患と考えられていた．しかし，2005年に兵庫県尼崎市の工場周辺の住民に中皮腫が多発し，また，その他の地域においても同様の症例が存在することがわかった．我が国では戦後，建設業や様々な製造業で石綿が幅広く使用され，多くの方が多種多様の場面で曝露を受けた．

2006年3月27から石綿健康被害救済法により，石綿関連疾患に対する救済給付などが始まった．石綿健康被害救済制度の対象となる疾病は，中皮腫，石綿による肺癌，石綿肺，およびびまん性胸膜肥厚である．中皮腫は石綿曝露の有無にかかわらずその診断が確実ならば救済給付の対象になる．また，職場関連の石綿曝露があれば労災補償の対象にもなりえる．他方，肺癌やびまん性胸膜肥厚は，石綿以外の原因でも発症するため，石綿健康被害救済法，労働者災害補償保険法においてはそれぞれ認定要件が定められている．

2023年の中皮腫による死亡者数は1,595人で，1995年に比べると約3倍に増加している．中皮腫の発生機序はいまだ十分に解明されているわけではないが，中皮腫の遺伝子変異に関する知見がこの10年間で飛躍的に増し，病理診断にも応用されている．

中皮腫の治療に関しては，2007年1月に承認されたペメトレキセドとシスプラチンの併用療法（PC療法）が初回標準治療として用いられてきた．2018年8月に「免疫チェックポイント阻害薬」ニボルマブの単剤療法が二次治療として承認され，2021年5月に別の「免疫チェックポイント阻害薬」であるイピリムマブと，ニボルマブの併用療法が切除不能な胸膜中皮腫の一次治療として承認された．2023年11月には，腹膜中皮腫を含む非胸膜中皮腫に対してもニボルマブが承認された．このように中皮腫に関しては，新たな治療法が確立しつつあり，その病理診断，細胞診断を十分理解しておく必要がある．

本特集では，中皮腫をはじめとする石綿関連疾患に関する最新の知見を提供する．また，病理医にはあまりなじみのない石綿曝露により発症する石綿肺，良性石綿胸水，びまん性胸膜肥厚などの非腫瘍性疾患についても解説をする．成書ではあまり詳述されていない，石綿関連疾患と類似する疾患との鑑別診断に有用な内容となることを意図して企画した．この特集が石綿関連疾患の理解と臨床・病理の場での診断の一助となれば幸いである．

特集編集
廣島健三 ［千葉大学大学院医学研究院 遺伝子生化学］
森永謙二 ［環境再生保全機構 石綿健康被害救済部］