特集：山と救急　安全登山の本

「山は危険である」…〇か×か？

こう問われると，ほとんどの方が〇を選ぶのではないでしょうか。

夏山シーズンや冬の連休には，毎日のように山での事故や捜索のニュースが目に入ります。ほら，やっぱり山は危険だ。言わんこっちゃない。危ないに決まってるじゃないか。

たしかに，山の中では色々なトラブルが起こります。外傷や疾病，疲労といった身体的な問題だけでなく，装備，気候，ルート選定などの，時として予期せぬ要因が，命にかかわるような出来事につながってしまうことがあります。

しかし，振り返ってみると，そういったトラブルのなかには，予見可能なものや，大事に至らずにすませることのできたものが，少なからず含まれているものです。事前の準備，山中での判断，有事の（現場での）対応，救助や搬送，搬送先医療機関での診療，そういったものすべてが，“山と救急”というテーマに含まれていると考えて，この特集を企画しました。

だから，本書は，いわゆる「山のファーストエイド本」ではありません。

第一部の「山の環境とそのリスク」では，山岳遭難の概況，ガイドとファーストエイド，山岳診療所・救護所および山岳医制度，山岳救助，山小屋の意義といった観点から，山という環境の特異性と，その多様なリスクについてまとめました。

第二部の「山で発生する救急事案」では，疾病と突然死，心停止と心肺蘇生，外傷，高山病，低体温症，凍傷，ダニをキーワードとして，病態や疫学，事例の紹介といった，山中から医療機関までの臨床に即した内容を供覧します。

第三部の「安全登山に役立つ知識」では，登山アプリ，山岳保険，山岳気象に焦点を当てて，チーム安全登山（ヤマレコ，やまきふ，ヤマテン）から，危険回避や，有事の対応に役立つ情報を提供していただきました。

さまざまなあり方で山にかかわってきた医師に加え，山岳ガイド，山小屋支配人，救急救命士，アプリ開発者，保険業，気象予報士という多彩な面々が，それぞれの立場から安全登山への思いを詰め込んだ文章を，ぜひご覧ください。

わが国における凍傷治療の権威であり，公益社団法人日本山岳ガイド協会におけるガイドのファーストエイド研修の確立に尽力された，故・金田正樹先生から託されたご縁がつながって，この特集を形にすることができました。執筆メンバーの淺井，家永，伊藤の三人を“三バカ”と呼んで笑っておられた先生に，本書を捧げます。

特集企画ゲストエディター：兵庫県立加古川医療センター救急科　伊 藤 　岳