第3版の序

第2版の改訂から7 年，初版からは14 年が経過した．医学の進歩は著しく，特に遺伝子の基本構造であるDNA 解析は長足の進歩を遂げている．本書の初版が発行された前年にヒトの全ゲノム配列が明らかになったと発表されたが，実際には解析できていない部分が残っていた．当時のDNA の塩基配列を解読する機器であった第一世代シーケンサーでは解析に年単位での時間を要したが，新しい分析方法を用いた次世代シーケンサーといわれる機器はわずか数日で解析ができ，2022 年4 月にヒトの全ゲノム配列が完全に明らかになった．この新しい技術は，疾患の診断に徐々に活用されるようになってきた．日本病理学会でも疾患診断のために，この技術で取得されたデータを取り扱う専門医として，2021 年より分子病理専門医認定を開始した．

疾患は多種多様だが，どれも臓器の形態に変化をきたすものである．日本人の死因の第1 位である悪性新生物，がんはその典型例である．さまざまな臨床所見を基に臓器の形態異常を見出し，その組織学的構造を病理医が診断することにより，がんであることが確定する．症例によっては，さらにDNA 解析が行われ，がんがどのような性格のものであるか，それに対してどんな治療方法が選択できるかなどのディスカッションがなされることになる．このディスカッションの場は，エキスパートパネルとよばれるが，この場で提供されるDNA 解析情報の基礎となる「解析する腫瘍の場所」を決めるのは病理医である．ここで病理医が求められているのは，どれだけ解析に適した活きのよい腫瘍の部位を選別して解析にかけるかという判断である．

本書は，正常の肉眼所見，組織学的所見を学び，そこからさまざまな変化をきたす疾患について，肉眼的変化，組織学的変化を学んでいくスタイルで編纂してきた．今回の改訂でもそのスタンスを踏襲している．肉眼，あるいは，ルーペ像で病変を同定し，観察することは，DNA 解析が重要な時代になっても欠かせない基本的な能力と考えている．将来，どのような診療科に進むとしても目で見て「正常でない」ことに気づくことが診断の第一歩である．形態的な所見とそれに基づいた病態は，解析技術が向上して新たな情報が加わり解釈が変わったにしても変わらないのである．

第3版では，執筆担当者の世代交代した部分があり，新しい担当者にはより新しい写真で解説をいただいた．また，医師国家試験や共用試験を意識して画像を増やした項目もある．

本書の作成にあたり，病理部門では入手できない貴重な臨床画像を提供いただいた臨床各科の先生方には，感謝したい．

本書が，医学生，医系学生のみならず，研修医，専攻医，臨床医の皆さんが，診断学の背景にある臓器の病理学的変化を意識しながら学習，診療に臨むための一助になれば幸甚である．

2024年1月

執筆者を代表して
下　正宗
長嶋洋治