はじめに

インターネット時代の昨今，疑問があれば，ウェブブラウザを起動し検索すれば，ものの数秒で簡単に調べられる世の中となった．患者にとっては，不安を解消するという意味では，インターネットの普及は福音だったかもしれない．同じ悩みを他人と共有する，それだけでも救われるのである．プライベートパーツ（個人的な部分）ともよばれる“外陰部”に悩みを持つ人びとにとっては，誰にも相談できずにインターネットで“知識”を身につけるケースが多いと思われる．筆者は，ブログやホームページ等で性感染症の正しい情報発信につとめているが，そこには今日も悩める相談者が後を絶たない．しかし，ご存知のように，インターネットの情報は玉石混淆，本当に役立つ情報ばかりとは限らない．そのような状況下で，外来で患者と対面したとき，診察する医師の方にも正確な“知識”が備わっていなければならない．患者がインターネット情報で要らぬ不安を抱く可能性のある症状については，しっかりと正確な情報を提供する必要がある．本来考え込む必要のない，きわめて明らかな症状を，患者と一緒になって考え込んでいては，不信感を与えるばかりである．そうならないためにも，たとえば，「これは性感染症ではなく，生理的な変化ですよ．治療の必要はありません」と，同じ症状の写真を見せながら親身になって話をすれば，患者は安心する．そこには，無用なドクターショッピングも，掲示板での誹謗中傷も，ブログの炎上も起こることはない．本書は，筆者が経験した，プライベートパーツにまつわる疾患・症状をアトラスとしてまとめたものである．診療所で診る疾患には限界もあるため，悪性腫瘍などは割愛している．また，褥瘡や皮膚炎等，皮膚科・看護領域で重要な疾患群も割愛した．これにはすぐれた成書・教科書が多数あるので，そちらを参照していただきたい．

最後に，いまや日本で診ることはきわめて少なくなった軟性下疳の貴重な症例を供覧いただいた小島弘敬先生，耳鼻咽喉科領域における梅毒の症例を供覧いただいた余田敬子先生に深謝いたします．本書の作成にあたっては学研メディカル秀潤社の川口晃太朗氏にお世話になりました．また，いつも笑顔で診療を支えてくれる診療所のスタッフの皆様に感謝いたします．そしてなによりも常に新しい発見を与えてくれる患者の皆様へ，最大限の感謝を送ります．

本書を実際の診察に役立てていただければ，筆者として望外の喜びである．付記： 患者年齢や受診エピソードなどはプライバシー保護の観点から，内容に支障のない範囲で一部創作しているところがある．また，本書の記述は日常診療における経験的私見を含むため，エビデンスのある学術的な表現でない箇所があることをお断りしておく．

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2010年8月

宮本町中央診療所院長
尾上泰彦