―本特集を企画するにあたって―

世界でも有数の長寿国であるわが国では人口の約3割を（65歳以上の）高齢者が占め，半世紀前は数百人であった100歳以上の高齢者もいまや8万人を超え，まさに人生100年時代を迎えている．超高齢社会において，高齢者の寝たきり・要介護対策は喫緊の課題であるが，近年サルコペニアやフレイルは要介護の原因として注目されている．

筋肉量が減少し，筋力および身体機能が低下している状態を指すサルコペニアは，さまざまな疾患の病態形成や予後に深く関連することが報告されている．サルコペニアは，その成因によって，加齢に伴う筋肉量の減少である一次性サルコペニアと，活動性の低下（廃用性萎縮）や低栄養，臓器不全や侵襲，腫瘍などの疾患に伴う筋肉量の減少である二次性サルコペニアに分類される．近年，筋肉は代謝やマイオカインの分泌機能などを有することから一つの臓器として考えられ，サルコペニアは非常に重要な研究課題であるが，筋肉機能と消化器疾患の予後の関係についてのデータはまだ十分に集積されておらず，実態は明らかになっていない．

高齢者に対する一般的なサルコペニアの診断については，アジア人のサルコペニア診断アルゴリズム〔AWGS（Asian Working Group for Sarcopenia）〕を用いることが多いが，肝疾患におけるサルコペニア診断については日本肝臓学会が独自の判定基準を設けており異なる．わが国の肝疾患患者も高齢化が進んでいるうえに，肝疾患に対する治療の進歩により生命予後が延長したため，サルコペニア合併に留意すべき年齢層が主体を占める状況になりつつある．さらに，肝疾患に伴う低栄養状態や代謝異常がサルコペニアを誘発するため，肝疾患は二次性サルコペニアの原因ともなる．サルコペニア合併肝疾患も予後不良であることが明らかになり，臨床的意義が認知されつつある．

癌とサルコペニアの関連については，癌の腫瘍宿主クロストークによる全身性炎症反応とサルコペニア惹起の機序などが明らかとなりつつあり，注目すべき点である．サルコペニアと消化管や胆膵疾患との関連についてはまだ不明な点が多いが，各疾患を臓器ごとに捉えるだけでなく，多臓器との関連において把握することが必要であり，サルコペニアを通して各種病態や治療を検討することはきわめて意義深い．サルコペニアは生命予後に影響し，とくに消化器外科領域においては，手術患者の高齢化による一次性サルコペニアと低栄養や担癌状態，手術侵襲などによる二次性サルコペニアを伴う患者が増加していることから，サルコペニアを考慮した手術適応や術式，周術期管理，化学療法が求められており，今後，サルコペニアをターゲットとした栄養・リハビリテーション介入による消化器癌の治療成績向上が期待される．一方，サルコペニアの病態形成と食習慣の関連や，腸内細菌叢とサルコペニアとの関連についても注目されており，サルコペニアに対する新たなアプローチとして期待される．

今回，消化器診療におけるサルコペニアの意義について，多方面から個別的かつ包括的に捉えることを目的として各分野のエキスパートに最新の知見を取り上げていただき，貴重な執筆にお力添えいただいた諸先生方には重ねて御礼を申し上げる．本号が今後のサルコペニアと消化器疾患の研究の発展に寄与できれば幸いである．

Guest editor　浅岡　大介