シリーズ代表して

フローチャート漢方薬シリーズも14年目に入りました．2011年4月に『フローチャート漢方薬治療』が刊行されて，当時の常識や呪縛を打ち破りました．西洋医学では治らない訴えに，保険適用漢方エキス製剤を使用し，漢方診療や漢方理論は不要で，古典の読破も必須ではないという立ち位置で，症状や訴えからファーストチョイスを並べたものが登場したのです．その後，多数のフローチャート漢方薬シリーズが刊行され，今回なんと18冊目になります．

これまで多くの西洋医に支持され今日までフローチャート漢方薬シリーズは愛読されています．漢方診療なしで保険適用漢方エキス製剤を使用し，彼らが多くの患者さんを治療することに役立っています．フローチャート漢方薬シリーズは保険適用漢方エキス製剤を使用する登竜門です．まず，フローチャート的考え方で治せる患者さんをどんどん治し，そしてフローチャート的考え方では治らない患者さんには，次のステップを考えればいいのです．その選択肢が中国の漢方（中医学）でも，日本の漢方（和漢）でも，そしてまったく新しい仮想病理概念でも問題ありません．目の前の困っている患者さんを治すための知恵を探す努力が大切です．

フローチャート漢方薬シリーズは進化します．今までの進化の過程を顧みつつ，最新刊をお楽しみください．そして，読者の皆さんも，自分なりの仮想病理概念を自分の専門領域で創り上げて，多くの患者さんの治療に役立ててください．

2024年4月

新見正則

アーティストにこそ漢方薬を！

ちょうど1年前，光栄にも新見先生から『フローチャート整形外科漢方薬』の執筆の話をいただきました．無事に上梓され，ホッとしたのも束の間，この『フローチャート芸術医学漢方薬』がとんとん拍子に出版となりました．ありがたいことに2年連続でのご挨拶となります．

「舞台医学」はご存知ですか？　実は近々，舞踏家，音楽家などの舞台演者（パフォーマー）に特化した医療を目指す「舞台医学学会」が設立されます．アスリートを専門にした「スポーツ整形外科」のパフォーマー版です．

実はこのフローチャートの「芸術医学」は新見先生の命名です．前述の「舞台医学」の対象であるパフォーマー以外に，画家や書家，作曲家などのクリエイターも含めた，芸術家＝アーティスト全般に対応した1冊になっているんですね．整形外科医の私は，運動器の症状が出やすい舞踏家・音楽家のパートを担当しました．東京藝術大学の保健室で苦悩する学生さんを診ている精神科医の田中伸一郎先生に芸術家のメンタルのパートをご担当いただき，すべての芸術家の支援に対応できるようにしてあります．

さて，2つのフローチャート本の見出しを比べてみてください．整形外科的には同じような疾患名が並んでいるように見えますが，使われる漢方薬の組み合わせは違っています．私の漢方薬処方は「病名投与でなく，病態投与を！」がコンセプトです．今回の『フローチャート芸術医学漢方薬』は，患者背景と病態をより細かく設定して，アーティストに特化した漢方薬の組み合わせを紹介しています．アーティストの治療にあたって，特に考慮すべき病態は2つあります．成長期と，ストレスです．

成長期には〈当帰〉を含む処方を！

音楽家やダンサーは，身体ができていない幼少期から反復練習を過剰に行う世界です．常に負荷がかかり，なかなか痛みがとれない場所をもつ子が多いと思います．治らないところは，少なからず血行の悪さがあるはず．そんなときに，血管再生を促し，治癒を助けるイメージの〈当とう帰き〉を含む漢方薬を考慮してください．

ストレスには〈柴胡〉や〈桂枝〉を含む処方を！

日常診療でも，慢性疼痛の要因として，ストレスがからんでいる事例はよく経験されますよね．常に他人の評価を受ける芸術活動の宿命として，どんなアーティストも日々ストレスとも戦っているはずです．長引く痛みに精神的要因がありそうだからといって，簡単に抗不安薬や神経系に働く鎮痛薬を処方できません．頭がボーッとなってしまっては，パフォーマンスが落ちてしまいます．そんなときにも漢方薬が有効です．中枢性の副反応をさほど心配せずに，痛みはもちろん，メンタルや体調不良にも対応できます．ここでは特に〈柴さい胡こ〉を含む処方がポイントになります．

芸術医学には，患者さんの健康以上に患者さんの「パフォーマンス」が重視される場面が多いのです．アーティストが己を削って努力をしているなら，医療者側もあらゆる手段を使ってそれを援護したいですよね．

多様性の時代です．アーティストを目指す方，趣味にされる方はますます増えて，治療の機会も多くなるでしょう．漢方薬を治療の選択肢にいれない手はありません．この本がそのきっかけになることを願っています．

2024年4月

冨澤英明