特集にあたって

集中治療とは，可逆的かつ急性に生じた，呼吸，循環，消化器，腎臓，中枢神経系，血液凝固などの各臓器システムにおける重篤な機能不全を対象とし，さまざまなモニタリングと臓器サポート機器を駆使することで，多くは複数生じている臓器機能不全を回復させ重症患者の生命維持を行い，救命さらには社会復帰をさせることを目的としている。したがって，集中治療においては，さまざまな臓器不全に対して個別の対応が迫られる現実があり，画一的な治療方法のみでは現状以上の治療成績の改善が得られないのではという懸念が当然生じよう。また，集中治療領域において，この十数年にわたり数多く行われてきたランダム化介入試験の多くが，治療効果を証明できずに否定的な結果のみを報告してきたことも，個別化医療へシフトする必要性を強調するものであったと思われる。

このような状況のなか，フェノタイプ解析というアプローチが注目されるに至った。生物が持つ遺伝子（ゲノムDNA 配列）によって一義的に決定されるジェノタイプ（genotype）と異なり，フェノタイプ（phenotype）とは遺伝子と環境の相互作用によって現れる生物の観察可能な特徴や性質のことを指すものである。フェノタイプは生物の進化や創薬の分野において以前より用いられていた重要な概念であるが，機械学習を用いたビッグデータ解析や臨床応用されていない検査指標であるバイオマーカーなどで再分類したサブフェノタイプ（sub-phenotype）を規定し，それぞれのサブフェノタイプの予後（prognostic enrichment）や特定の治療への反応性（predictive enrichment）を検討する研究が，個別化医療の実現に向けて盛んに行われるようになった。

本特集は各臓器不全におけるフェノタイプ解析に関する最新の知見を紹介するものである。敗血症，ARDS，DIC，急性腎障害，外傷といった病態は，それぞれが多種多様な病態メカニズムを内包する症候群であり，高い異質性を有していることは臨床的にはすでに皆が認識していたはずである。臨床的に観察可能なフェノタイプ情報とデータ解析で得られたサブフェノタイプ情報をどのように活用することで予後の改善が得られるのか，という観点で本特集を読んでいただければと思う。同時に，病態を生じさせる分子的なメカニズムを指すエンドタイプ（endotype）を探究する必要があることも強調したい。悪性腫瘍領域とは対照的に，集中治療領域においては基礎研究において発見された病態メカニズムに基づく治療が臨床応用されていない状況が続いている。臨床データおよび臨床検体のオミックス解析などから新たなエンドタイプが同定できるような研究も今後は必要であろう。

東京大学大学院医学系研究科救急・集中治療医学（〒113-8655 文京区本郷7-3-1）

ICU とCCU 48（11）：623，2024

土井　研人