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- シリーズ生命倫理学 第5巻 安楽死・尊厳死
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内容
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序文
緒言
安楽死は,古くから世界的に実践されていたが,キリスト教の広まりとともに禁じられるようになった.日本でも,安楽死は,第二次世界大戦時まであまり問題にされなかった.他方,原初形態の尊厳死は,人々を苦しめる医学の産物で,すでに16世紀には文献に現れている.例えば,"英雄的治療法"と呼ばれた脱血療法は患者を苦しめ,その言葉は人々が医学医療の攻撃性と有害性に気づいていたことを物語る.今日,医学の「攻撃性」は,死さえも医療の対象とした観がある.望まない医療措置の蔓延によって,人々の安楽死と尊厳死(人工延命治療の差控え・中止)に対する関心はかつてないほど高まっている.
本巻は,上述の内容も含めた安楽死・尊厳死をめぐる生命倫理の課題を総説的に示すことに始まる(1章:谷田憲俊).次いで,2章(飯田亘之)では,「個人の自由の尊重と,安楽死合法化がもたらす社会への望ましくない影響の排除,この2つの価値のせめぎあいが安楽死論の要」と哲学的観点から論じている.さらに,3章(土井健司)は,「キリスト教が生命を神の創造物,愛の贈り物」と考える視点から,自己能力よりも関係性に重点を置いた安楽死に対する考察を加えている.4章(田代俊孝)の最後に,「仏教は縁起の法に目覚め,有無のとらわれを離れ,空に目覚めていく教え」であり,仏教の歩みはホスピス活動とも言えるとし,安楽死・尊厳死の枠にとらわれない視点から描いている.
総説的考察に続いて,日本をはじめ欧米と近隣国の安楽死と尊厳死が描かれる.5章(井形昭弘)は,「終末期における延命措置中止等に関する法律案」に至るまでの日本の尊厳死容認運動を紹介している.6章(武藤眞朗)は,積極的安楽死事例を紹介しつつ,同意殺人罪が存在する以上「被害者の承諾」の法理(通常は違法性が阻却され犯罪は不成立)を適用して違法阻却を導くことはできないとするが,氏の「安楽死は処罰されるべきかの議論」は,安楽死事例判決を読み解く上で大切である.7章(甲斐克則)は,人工的延命措置の差控え・中止に関し,「法の役割は限定される.むしろ,医療現場では適正な生命倫理ないし医療倫理を踏まえた対応こそ,患者および患者を支える家族等の支えとなる」と医療界に大切な視点を提供している.ここで述べられる「人工延命治療の差控えと中止の過剰なまでの区別による弊害」は正鵠を射ているが,区別を主張し続ける人々がいるのも日本生命倫理界の現実である.8章(有賀徹)では,そういったもどかしい問題状況を医療現場から描いている.日本救急医学会の「救急医療における終末期医療に関する提言(ガイドライン)」について詳述されており,机上の空論からの脱却に有用である.
引き続き,安楽死・尊厳死に関する各国の事情についての紹介が興味深くなされている.9章(神馬幸一)は,積極的安楽死の一型である医師による自殺幇助(医師介助自殺)について,容認されている国・地域の動向を描いており,安楽死容認まで長い道のりがあったことがわかる.その過程に尊厳死運動もあり,自己決定の理念で語られる「治療拒否権」と「プライバシー権」という主だった視点を含めて世界を先導することになったアメリカの議論が10章(新谷一朗)によって描かれている.欧州は尊厳死に関しては解決済みの観があり,ベネルクス3国に続き安楽死容認の動きはフランスに及びつつある(11章:甲斐克則・本田まり).ただ,ドイツは,ナチスの歴史があって複雑である.一時期は生命至上主義的対応もとられていたが,最近は他の欧米諸国と同じような状況になっている.また,イギリスの議論は,前の6章の議論と重ね合わせることができよう.さらに,12章(甲斐克則)は,安楽死について最も議論と実践が進んでいるオランダの安楽死制度について,立法までの過程,立法内容,法制下での制度運用の実態について述べている.隣の韓国は,「患者の生命に直結する診療行為の中止の許否は,きわめて制限的かつ慎重に判断しなければならない」と尊厳死と安楽死を併せる見方をしていて(13章:金亮完),日本と同じような議論の水準にある.中国は,安楽死容認法案が全国人民代表大会に提案されるようになって久しいが,中国社会も安楽死容認の傾向にあるという(14章:劉建利).尊厳死は,延命措置が一般的でないので問題になることはあまりないが,医療への幻想が広がりつつあるので予断を許さないであろう.
尊厳死については,1976年のクインラン判決や1990年のクルーザン判決などが目立つため米国で議論が続いたような印象を持つ人がいる.しかし,それは患者の意思決定代行の課題であり,尊厳死の容認は患者の自己決定権と連動して早くから認められていた.例えば,1978年には「安易に無能力者と決めつけることは認めない」というキャンデュラ判決もあり,患者の自己決定は大きく尊重される.すなわち,尊厳死は治療方針の選択に過ぎない.一方,日本は,致死的出血に対する輸血拒否を容認しておきながら,終末期の医療措置選択の自由(拒否)を認めない.これは,日本独自の死生観に加えて,米国由来の極端な生命至上主義にとらわれるという複次的な事情によると思われる.しかし,2007年の日本救急医学会の提言以来,患者・家族の希望と医学上の判定から延命措置が中止されても問題視されない例が現れてきており,尊厳死について理解が深まりつつある.
安楽死に関しては,オランダでポストマ医師安楽死事件が起きたのは1971年,安楽死が黙認となったのが1990年,そして世俗主義政権の登場によって2001年に安楽死法が成立した.ベルギーでも2002年,ルクセンブルクでは,やや遅れて2009年に安楽死法が成立した.米国では長い議論の末に,オレゴン州で医師による自殺幇助が住民投票で認められたのは1994年である.宗教の枠組みがある欧米では,安楽死容認の是非は,ある意味で,とても議論しやすい対象である.そのため,総選挙を経ることによって安楽死容認への道が開かれた.そういった宗教と世俗の峻烈なせめぎ合いがなく,総選挙の争点になりにくい政治的仕組みを持つ日本では,安楽死に関しては尽きない議論が続くと予想される.
いずれにしても,直接的に命に関わる安楽死や尊厳死を語る際には,医学医療への正しい理解こそ必須である.多角的視点から叙述された本巻は,今後の日本における安楽死・尊厳死の議論に大きく寄与すると考えられる.
第5巻編集委員 甲斐 克則
谷田 憲俊
目次
第1章 安楽死・尊厳死をめぐる生命倫理の問題状況
1 概念の整理
2 安楽死に関する生命倫理的課題
3 尊厳死に関する生命倫理的課題
第2章 哲学的観点からみた安楽死
1 安楽死問題と二極分化思考
2 killingとletting die
3 安楽死
4 合法化の禁止と患者の放置
5 安楽死の代替
第3章 安楽死・尊厳死とキリスト教―その歴史と基本思想
1 16・17世紀におけるキリスト教と安楽死
2 特別手段と通常手段
3 20世紀のカトリック教会と安楽死
4 積極的安楽死の是非
第4章 仏教からみた安楽死・尊厳死
1 仏教の死生観
2 ビハーラ運動
第5章 我が国における尊厳死運動―日本尊厳死協会の立場から
1 我が国の尊厳死運動
2 脳死および臓器移植と尊厳死運動
3 安楽死と尊厳死
4 リビング・ウイルの改訂
5 尊厳死法制化運動
6 諸外国のリビング・ウイル
7 福祉施設での尊厳死
8 尊厳死に対する反対論
9 在宅医療と尊厳死
10 終末期医療のガイドライン
11 終末期の看取り
12 終末期医療の裁判による判定
第6章 日本における積極的安楽死
1 安楽死の分類と刑法上の問題点
2 非医療場面における安楽死
3 医療の場面における安楽死
4 積極的安楽死をめぐる学説の状況
第7章 日本における人工延命措置の差控え・中止
1 近年の日本における議論の郷校外観
2 司法の動向
3 人工延命措置の差控え・中止(尊厳死)をめぐる法理と倫理
4 尊厳死問題の法的・倫理的ルール化
第8章 医療現場からみた人工延命措置の差控え・中止
1 わが国における延命措置の中止などへの取り組み
2 「救命医療における終末期医療に関する提言(ガイドライン)」の概略
3 本ガイドラインに関するアンケート調査
4 医療現場からの考察
第9章 医師による自殺幇助(医師介助自殺)
1 アメリカにおける動向
2 スイスにおける動向
3 ドイツにおける動向
第10章 アメリカにおける尊厳死
1 尊厳死をめぐる議論の前史
2 延命拒否権
3 代行判断
4 事前指示
5 尊厳死の客観的側面をめぐる諸問題
第11章 欧州(イギリス・ドイツ・フランス)における安楽死・尊厳死
1 イギリス
2 ドイツ
3 フランス
第12章 オランダにおける安楽死・尊厳死
1 オランダにおける安楽死法制定までの判例の歴史
2 オランダにおける安楽死法制定
3 オランダにおける安楽死等審査法施行後の動向
4 ベルギーとルクセンブルクへの影響
5 オランダにおける尊厳死
第13章 延命治療の中止に関する韓国大法院判決について
1 大法院までの経過
2 大法院判決
3 若干の検討
第14章 中国における安楽死の動向
1 中国における安楽死の意義,形態および発展経緯
2 安楽死に関する刑罰規定
3 安楽死に関する判例
4 学説の争い
5 安楽死立法化の提案
6 地方立法機関の意見表明
7 中国の現状と今後の動向
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書籍情報
- ISBN:9784621084823
- ページ数:256頁
- 書籍発行日:2012年11月
- 電子版発売日:2018年4月27日
- 判:A5判
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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